前編では、AI & Church Summitが2024年の「まず対話を始める」段階から、2025年の権力・人間形成・人格性の問題、そして2026年の「神の民の主体性」と実践神学の四課題へ進んだ流れを見た。その延長で公開されたのがChurch AI Toolkit(教会向けAIツールキット)である。後編では、このツールキットを単なるAI利用ガイドとしてではなく、サミットで蓄積された神学的・倫理的問いを、牧会者や共同体が実際に使えるディスアーンメント(弁別)へ翻訳する仕組みとして読む。
前編はこちら:AI時代に教会は主体性を示せるか――2024〜2026年、米国教会のAI対話を追う
Table of Contents
第1章 Church AI Toolkitとは何か――誰が、どう作ったのか
Church AI Toolkitのトップページを開くと、最初に対象として示されるのは「clergy, chaplains & caregivers」――牧師、チャプレン、ケアに携わる人々である。AIに詳しい技術者向けの資料集というより、「AIが入り込んだ牧会状況に直面した人」のための実践資源として設計されている。サイト自身も、AIによって現れる問題の下には、孤独、喪失、恐れ、意味の探求といった、牧会者が以前から向き合ってきた人間の問題があると位置づける。
17人のデザイン・スプリントから誕生
制作主体も確認しておきたい。ツールキットのAboutページによれば、開発チームは米国聖公会、ルーテル、メソジスト、長老派などの背景を持つ牧会者、チャプレン、神学者、AI実務家らから成るエキュメニカルな実践者グループである。直接の母体となったのは、2026年7月20〜24日にVirginia Theological SeminaryでTryTank Research Instituteが招集したデザイン・スプリントだった。デザイン・スプリントとは、短期間に関係者が集まり、課題整理、試作、検討を集中的に進める共同設計の方法である。PC(USA)の報告では17名が参加し、数日間で牧会上のケースを検討しながら資源を組み立てたとされる。
前編第6章でも触れた通り、開発チームは当初から現在のツールキットを完成形として思い描いていたわけではない。PC(USA)の「Pastoral care in the age of AI」によれば、参加者は当初、説教、ニュースレター、事務作業など「牧会者自身がAIをどう使うか」が中心になると予想していた。ところが、故人を模したチャットボット、声のクローン詐欺、AIコンパニオンへの強い愛着などのケースを検討するうち、焦点は「AIの正しい使い方」から「AIが関係する状況で、どう人を牧会するか」へ移っていった。
この成り立ちは、ツールキットの射程を読むうえで重要である。これは「AIを導入すべきか否か」を一括して決める文書ではない。むしろ、AIが関係する具体的な出来事を前にしたとき、牧会者自身の姿勢、本人の安全、関係性、共同体の価値、組織的対応をどう見分けるか、そのための複数の道具を束ねた資源集である。
完成版ではなく、検証を想定したベータ版
また、制作者側はツールキットを完成済みの権威的マニュアルとして扱っていない。PC(USA)による公開報告では、ロレンゾ・レブリハが参加者に試用と批判を求め、何が機能し何が機能しないかを現場から返してほしいと呼びかけている。報告は、field testing(実地試験)、神学・臨床面のレビュー、文化的多様性への対応などを今後の課題として挙げる。つまり、ツールキットは「答えを配る完成版」より、現場で試しながら修正されるベータ版に近い。
この性格はライセンスにも表れている。ツールキットはCC BY-NC-SA 4.0(表示―非営利―継承4.0)で公開されており、出典を示し、非営利で利用し、改変物を共有する場合は同じ条件で公開するなら、複製や翻案が可能である。したがって日本語化や地域向けの改変にも一定の余地がある。ただし、公式日本版が存在するという意味ではなく、翻案する側には出典表示とライセンス条件を守る責任がある。
では、これほど多様な資源を、利用者はどこから使い始めればよいのか。トップページを見ると、ツールキットは最初から一冊の教科書のように「第1章から順に読む」設計にはなっていない。
第2章 どこから使い始めるのか――三つの入口と利用フロー
Church AI Toolkitのトップページは、利用者にまず「Where are you today?――いま、どの状況にいるか」と問い、三つの入口を示す。
三つの入口――状況に応じて使い分ける
一つ目はFirst Response。「いま、目の前でAIに関係する牧会状況が起きている」という入口である。ここではFour Pastoral Levelsや安全確認など、まず相談者の状況をどう受け止め、危機があるかをどう見分けるかが中心になる。
二つ目はClergy Formation(クレジィ・フォーメーション、聖職者の養成)。「危機が起きる前に備えたい」という入口である。自己省察、神学的な論点整理、AI用語の基礎理解、ワークショップなどを通して、牧会者自身の姿勢や境界線を整える。
三つ目はOrganizational Preparation(組織的な備え)。「自分個人ではなく、教会・組織として方針を決めたい」という入口である。共同体の価値を言語化するワーク、AIポリシーのひな形、事故対応、子ども・若者のセーフガーディング、調達やデータ管理などが配置される。
この三つの入口を見るだけでも、ツールキットが「AI使用の賛否」を一つの答えにまとめていないことが分かる。いま危機に直面している人と、牧会者として学びたい人と、教会として方針を作りたい人では、必要な問いが異なるからだ。
DTRが考えるツールキットの利用フロー
一方で、サイト全体を読み進めると、DTRではもう一つの利用フローも見えてくる。ただし、これはツールキット自身が一枚の図で示している公式カリキュラムではない。各資源の接続関係をDTR側で並べ直したものである。
まず、自分がAIに対してどのような期待、恐れ、経験を持っているかを確認するセルフ・ロケーション(自己位置づけ)がある。クレジィ・ワークショップ(Clergy Workshop)では、牧会者が相手を見る前に「自分は何をこの場へ持ち込んでいるか」を確認することが求められる。AIへの過剰な期待や嫌悪を自覚しないまま牧会すると、それを相手へ投影しかねないからである。
次に、AIの仕組みや限界について最低限のリテラシー(fluency)(扱うための基礎理解)を持ち、神学的な問いの枠組みを得る。その後、「このタスクでAIを使うべきか」「この人のAIとの関係はどのような牧会応答を必要としているか」を弁別(discernment)する。そこからケース練習、共同体の価値の言語化、ポリシーやガバナンスへ進んでいく。「AI Fluency Flow(AIリテラシーのフロー)」も、技術用語の理解をそれ自体で終わらせず、最終的に牧会応答へ接続する構成を取っている。
DTRでは、この流れを暫定的に、
①セルフ・ロケーション(self-location:自分の立ち位置を知る)
②AIリテラシー/神学(AI fluency / theology:技術と神学の基本的な見取り図を得る)
③ディスアーンメント(discernment:何がこの状況で忠実な選択かを見極める)
④牧会的対応(pastoral response:実際に相談者へ応答する)
⑤練習用の事例(practice cases:ケースで練習する)
⑥共同体の価値観(communal values:共同体の価値を言語化する)
⑦ガバナンス (governance:ケースや価値観を踏まえ、組織ごとの方針と責任体制を整え、見直していく)
という経路として読んでみる。
すると、ツールキットの中心にあるのは「AIを使えるか」ではなく、「この状況で何を守り、何を選ぶべきか」を見分けるディスアーンメントだと分かってくる。ここでいうディスアーンメントは、単なるリスク判定より広い。状況、関係、目的、形成、神学的価値を見比べながら、何がこの場で忠実な応答なのかを考えるプロセスである。
そして、そのディスアーンメントを最も直接的に形にしているのが、Theological Brief(仮訳:神学的論点の要約)と「Should I Use AI for This?」のFive Gatesである。
第3章 「AIを使えるか」から「使うべきか」へ――Theological BriefとFive Gates
ツールキットのTheological Briefは、AIをめぐる問題に対して、まず技術的な対処法から入らない。たとえば「AIコンパニオンで傷ついた人をどう牧会するか」と問う前に、「受肉は、presence(その場に共にいること)や身体性について何を教えるのか」と問い直す。誤情報の対処だけを考える前に、「キリスト教的な真理、知恵、弁別とは何か」と掘り下げる。
七つの神学レンズからAIを問い直す
Briefが提示する主なレンズは七つある。Incarnation(受肉)、Personhood / Imago Dei(人格と神のかたち)、Community(共同体)、Church(教会)、Revelation and Truth(啓示と真理)、Sin and Grace(罪と恵み)、Ministry and Care(宣教・牧会とケア)である。ここで重要なのは、これらが「AIについての七つの正解」として提示されているのではない点だ。各項目には問いが置かれ、牧会者や共同体が状況を神学的に読み直すためのレンズとして使うよう設計されている。
たとえば受肉の項目では、人間が身体を持ち、特定の場所と歴史のなかに生きる存在であることを確認する。その観点から、デジタル上の擬似的な関係が身体的なpresenceをどこまで代替できるのかを問う。Personhood / Imago Deiでは、人間の尊厳を知能や処理能力の高さではなく、神のかたちとしての存在に置く。Communityでは、摩擦のない接続ではなく、他者との面倒さも含む実際の関係が人を形成するという前提が置かれる。Sin and Graceでは、最適化や効率性によって人間の価値を測る文化に対して、恵みは成果や性能によらない価値を語る。
Five Gates――具体的な利用判断へ
この神学的な見取り図を、個々のAI利用判断へ落としたのが「Should I Use AI for This?」である。このツールは「教会はAIを使うべきか」という大きすぎる問いを扱わない。代わりに、「今月のニュースレター作成にAIを使うべきか」「説教の構成案にAIを使うべきか」「牧会記録を要約させるべきか」のように、一つの具体的なタスクを五つのゲートへ通す。
Five Gatesの第一はThe Confidence Gate――守秘である。ここでいうconfidenceは「自信」ではなく、牧会者に託された秘密や私的な物語を意味する。牧会相談、祈りの課題、家族の危機など、特定可能な人の私的な情報が含まれるなら、ツールキットはここをhard stopとして扱う。利便性より先に、託された情報を守る。
第二はFormation――形成である。「この作業そのものが、牧会者を形成する仕事ではないか」と問う。説教を書くために聖書本文と格闘すること、祈りの言葉を自分で紡ぐこと、難しい手紙と向き合うことには、成果物を作る以上の意味がある。ツールキットは「AIがこの部分をやったら、自分の中で何が起こらなくなるか」と逆向きに問わせる。
第三はRelationship――関係性。受け手は、その言葉が牧会者本人から出たものだと当然に考えるのか。弔意の手紙や個人的な牧会メールであれば、出来上がった文章の品質だけでなく、「誰が自分のために言葉を選んだのか」が関係そのものを構成する。
第四はTruth――真理と事実性。AIが作った聖書解釈、歴史情報、引用、神学的説明を、自分で検証できるか。ツールキットは、AI出力の検証を「後で余裕があれば行う作業」ではなく、利用そのものに含まれる責任として扱う。
最後がTo What End?――telos(目的・最終目的)である。ここでは単に「安全に使えるか」ではなく、「この使い方は、自分と共同体を何へ向かわせるのか」と問う。愛、共同体、召命、神との関係へ向かうのか。それとも依存、縮小、切断へ向かうのか。telosを最後に置くことで、リスクが低いだけでは十分ではないという判断になる。
このFive Gatesには、ツールキット全体の設計思想がかなり凝縮されている。とくに「Using AI for X frees me for Y――AIをXに使うことで、私はYのために時間を取り戻す」という問いは象徴的だ。AIで効率化すること自体を目的にせず、浮いた時間を誰との関係、どの祈り、どの学び、どの休息へ戻すのかを先に名付ける。効率化の「後」を問うのである。
前編で見た2026年サミットの実践神学的な流れと重ねると、ここには明確な翻訳があるように見える。人間形成、共同体、真理、主体性、目的といった大きな論点が、牧会者が一つの具体的な仕事を前にしたときに答えられる質問へ変換されている。
ただし、一点は区別しておきたい。Theological BriefのPersonhood項目には、AIには真の意識、道徳的エージェンシー、自己贈与能力などがないという記述がある。これはツールキットの神学的人間論を理解するうえでは重要だが、「AIに意識があり得るか」という哲学・認知科学上の未決着な問題を、経験科学の確定事項として処理するのとは別である。本稿では、この種の記述をツールキットが採用する神学的人間論上の前提として読み、技術的・科学的な最終結論と同一視しない。
Five Gatesが「牧会者自身はAIをどう使うか」を扱うのに対し、別の問題もある。相談者や信徒の側ですでにAIとの関係が生まれ、そこに依存、悲嘆、孤立、詐欺、危機が含まれている場合である。ツールキットは、その場面にFour Pastoral Levelsという別の判断枠組みを用意している。
第4章 AIが牧会問題になったとき――Four Pastoral Levels
Four Pastoral Levels(四つの牧会レベル)は、AIが関わる牧会相談をグリーン(緑) / イエロー(黄) / アンバー(橙)/ レッド(赤)の四段階で整理するトリアージの枠組みである。ここでいうトリアージとは、「その人にどんなラベルを貼るか」ではなく、いまの状況がどの程度の牧会的関与や安全対応を必要としているかを見極めることである。ツールキット自体も、このツリー(tree)は「マップであってスクリプトではない」と強調し、レベルは人を分類する診断名ではなく、ケアする側が応答の強さを選ぶための語彙だとしている。
グリーンからレッドまで、応答強度を見分ける
グリーンはGenerative & Nourishing Use――生活や信仰を支える健全な利用である。本人はAIをソフトウェアとして認識し、出力を批判的に評価でき、いつでも離れられ、他の人間関係や生活を置き換えていない。この場合、牧会者の姿勢は「問題を探す」ことではなく、健全な使い方を共に確認し、肯定することになる。
イエローはSubtle Displacement & Over-Reliance――微妙な置き換えや過度の依存が始まる段階である。AIが祈り、沈黙、自分自身の言葉、普通の人間関係の努力を少しずつ代替し始める。ここでは禁止や断絶を命じるより、「この使い方によって、誰の声やどんな経験が抜け落ちているか」を一緒に見つける反省的な関わりが中心になる。
アンバーはAgency Erosion & Epistemic Isolation――主体性の浸食と、認識上の孤立である。重大な決定を「AIがそう言ったから」と委ねたり、家族や共同体の現実確認を避けてAIとの対話だけへ閉じたりする場合がここに入る。前編から繰り返し出てきたエージェンシーが、この章ではかなり具体的な形で現れる。問いは「AIを使っているか」ではなく、「判断する自由や権威を本人がどこまで保持しているか」である。
レッドはAcute Danger & Harm――急性の危険や重大な害がある場合である。自傷・他害の危険、詐欺や搾取、著しい機能低下、法的・安全上の重大な問題があれば、非指示的な対話だけで済ませず、専門職や緊急支援につなぐ直接的な保護行動へ移る。
既存の牧会知で、新しい状況に対応する
興味深いのは、このFour Levelsが「AI専用の新しい牧会理論」を一から発明していないことである。グリーン / イエロー / アンバーの対話には、Jewish Women Internationalが家庭内暴力への牧会対応のために発展させたヒアリング(Hearing) / ヘルピング(Helping) / ヒーリング(Healing)――まず聴く、本人の選択を支えながら助ける、長期的な回復に伴う――という既存の牧会フレームが組み込まれている。レッドではMental Health First Aid USAのALGEEという5段階の行動計画が借用される。ALGEEは危険性の評価、非批判的に聴くこと、安心と情報の提供、専門支援とその他の支えへの接続を促す。ツールキットは借用元を明示し、Four Levels自体を2026年7月のデザイン・スプリントで作られたワーキング・コンストラクト(working construct:検証と修正を前提とした作業仮説)として公開している。
「Pastoral Care Approaches」は、この考え方をさらに明確にする。冒頭で示される前提は、技術は急速に変わっても、人間が抱える孤独、悲嘆、恐れ、意味への問いは新しくない、というものだ。したがって牧会者は「AIについて全部知ってからでなければケアできない」のではなく、すでに持っている傾聴や同伴、危機対応の知恵を新しい状況へ持ち込めばよい。
この点は、Church AI Toolkitのかなり重要な特徴だと考えられる。AIという新技術を前にして、牧会のすべてを特殊化しない。AIコンパニオンへの強い愛着があっても、その下にあるものが孤独や悲嘆なら、まず孤独や悲嘆として聴く。技術への賛否を議論するより、人が何を求め、何を失い、何から孤立しているかを見る。ツールキットのClergy Workshopも「pastors care for people—not technologies(牧師がケアするのは人々であり、テクノロジーではない)」という方向を明確に打ち出している。
一方で、危機対応についてはツールキット自体が地域依存性をかなり明示している。Pastoral AI Crisis & Referral Protocolは、988や911、mandatory reporting(法定報告義務)、守秘、児童・脆弱な人のセーフガーディングなどを扱うが、その臨床・法制度上の基盤は主に米国向けである。ページ自身も、国際版を作るなら各国の危機番号、精神保健の紹介制度、セーフガーディング法制、守秘ルールへ置き換える必要があると注意している。
したがってFour Pastoral Levelsには、比較的移植しやすい部分と、そうでない部分が最初から混在している。グリーン / イエロー / アンバーで用いる「まず聴く」「本人のエージェンシーを保つ」「人間関係を増やしてから技術を減らす」といった牧会姿勢は、文化差を検討しつつも比較的共有しやすい。一方、レッドで誰へ連絡し、何を報告し、どの時点で法的義務が発生するかは、その国と教団の制度へ依存する。この点は、日本へのローカライズを扱う後半で改めて検討する。
ここまでで、ツールキットの中核となる二つのディスアーンメントが見えてきた。一つは「自分の牧会タスクにAIを使うべきか」をFive Gatesで考える自己ディスアーンメント。もう一つは「AIが関わる状況にある人へ、どの強さと姿勢で応答するか」をFour Pastoral Levelsで見極める牧会ディスアーンメントである。前編で抽象度の高かった「神の民の主体性」は、後編ではすでに、守秘、形成、関係、真理、安全、専門職への紹介といった具体的な判断項目へ変換され始めている。
第5章 ケースで訓練する――Clergy Formation
Four Pastoral LevelsやFive Gatesは、読んだだけで使えるようになるとは限らない。実際の牧会では、問題は「これはアンバーです」と教科書通りに現れるのではなく、悲嘆、孤独、家族関係、仕事、信仰、技術への期待が絡み合った一人の人の話として持ち込まれる。そこでツールキットが用意しているのがPractice Cases(練習用の事例)である。
ケース群が扱う範囲は広い。自動化による仕事の喪失、AIコンパニオンへの愛着、故人の文章や音声から作られたgriefbot、AI翻訳を使った高いリスクを伴う判断、説教や祈りの生成、牧会情報の入力、採用時のAI評価などが並ぶ。これらは実在する個人の診断事例ではなく、複数の状況や論点を組み合わせたcomposite case(合成ケース)であり、訓練と討議のために作られている。サイト上のケースに加え、さらにreviewed case studiesのコレクションも用意されている。
ケースで具体化する
たとえば「When Work Disappears」では、長年従事してきた仕事を自動化によって失った人物が「自分は何のためにいるのか」と問い始める。ここで牧会者に求められるのは、AIによる雇用変化について評論することだけではない。まず本人の尊厳、安全、喪失感、家族や共同体との関係を受け止め、仕事の問題が「自分には価値がない」という危機へ変わっていないかを見る。ケースには、状況の進行速度、考えられるharm domain、practice focus、practice posture(危害領域、実践の焦点、実践の姿勢)などが付され、最後には「この人は人間のケアギバー(caregiver)から何を必要としているか」「AIの存在によって、何に気づく必要があるか」という問いが置かれる。
別のケースでは、AIが書いた弔意メールが内容としては申し分なくても、受け手が「自分のために牧会者が言葉を選んだのではなかった」と知ったときに関係が壊れる。「A Prayer That Never Passed Through Me」では、生成された祈りが働きを助ける一方で、祈りを言葉にする内的な営みまで外注することで、牧会者自身のformationが何を失うかが問われる。採用候補をAIが順位づけするケースでは、効率的に見える仕組みが、すでに候補者を見る順序や組織の判断を形成している。前章までに扱った関係、形成、真理、主体性(relationship、formation、truth、agency)が、抽象語ではなく出来事として現れるのである。
牧会者自身の人格形成を訓練する
このケース方式は、Clergy Formationの「Workshop: Becoming a Wise Pastoral Companion in the Age of AI(仮訳:ワークショップ:AI時代における、思慮深いパストラル・コンパニオン(牧会的伴走者)となるために)」と組み合わさることで、よりはっきり訓練の形になる。ワークショップは三部構成で、最初に牧会者自身がAIに対してどのような感情を持ち込んでいるかを確かめ、次に健全な実践や境界線を考え、最後にAI関連の牧会ケースに対してどのように伴うかを練習する。特に第1部のセルフ・ロケーションでは、AIへの期待や恐れを「正しい立場」に矯正するのではなく、自分の感情や前提が相談者へ投影される可能性を自覚することが目的とされている。
ケース討議でも、答えを当てることより、何を聞き取ったかが重視される。ワークショップの大グループでの振り返りでは、選んだPastoral Levelだけでなく、その人の言葉の下にどのような渇望(longing)や必要性(need)があると考えたか、避けるべき応答は何か、最初にどのような問いをかけるか、次の具体的な一歩は何かを共有する。孤独、悲嘆、恥、確実さへの欲求、拒絶されることへの恐れ、共同体からの孤立など、AIの画面だけを見ていては捉えにくい人間側の問題が浮かび上がる。
「AI Fluency Flow」も同じ方向を持つ。これは専門用語集を暗記するための辞書ではなく、技術的な語彙から牧会応答へ歩いていく経路として作られている。用語を知ること自体が目的ではなく、技術を誤解しない程度のAIリテラシーを持ったうえで、人にどう応答するかへ進む。
DTRから見ると、この設計のポイントはディスアーンメントを「一回の判断」ではなく、反復して訓練できる実践として扱っていることにある。Five Gatesで自分の利用を検討し、Four Pastoral Levelsで相談状況を読み、演習で何度も判断を試みる。その過程で、牧会者自身の反応や盲点もまた形成の対象になる。ツールキットは「AIの知識を持つ牧会者」を作るというより、「AIが絡む状況でも人と価値を見失わずに判断できる牧会者」を育てようとしているように見える。
しかし、牧会者個人が判断できるだけでは、教会組織としての運用は安定しない。次にツールキットは、「私がどうするか」から「私たちは何を大切にし、どう決めるか」へ視点を移す。
第6章 価値から規程へ――共同体ディスアーンメントとAIガバナンス
Church AI ToolkitのOrganizational Preparationには、AIポリシーのひな形やガバナンス資料が置かれている。だが、ツールキットは最初から「この規程をコピーして使ってください」とは進めない。むしろ、組織としての判断の前に、自分たちの共同体が何を価値としているのかを言語化する工程を置く。
共同体の物語から価値をつくる
その中心にある「Naming Our Values(仮訳:私たちの価値観に名前をつける)」は、教会のリーダーシップチームが実際の意思決定に使える価値のフィルターを作るワークである。90分の一回完結型と、4〜5時間のリトリートまたは複数回型が用意されている。最初に参加者は「この教会が最もよかったとき」の具体的な物語を語り、そこで働いていた価値を自分たちの言葉で拾い出す。次に似た価値をまとめ、5〜7個程度へ絞り、それぞれが実際の行動として何を意味するのかを考える。
そのあとAIのPractice Caseを使って、その価値をpressure-test(対応力テスト)する。ここでいうpressure-testとは、掲げた価値を難しい具体例に当て、「この価値だけで本当に判断できるか」「価値同士が衝突したらどうするか」を試すことだ。きれいな理念が一つできた時点で終えるのではなく、ケースを通すことで弱点や矛盾を見つける。さらに、実際に出した判断がどの価値にも結びつかない場合にはgap check(ギャップチェック)を行い、価値の一覧に何かが欠けていないかを再検討する。
この順序はかなり重要である。AIポリシーを先に作ると、「このツールを禁止する」「この用途なら許可する」という技術中心のルールになりやすい。Naming Our Valuesは逆に、「私たちはどのような共同体でありたいか」から出発し、その価値に照らしてAIの利用を判断する。前章で出てきたtelos――何のために、どこへ向かうのか――が、ここでは共同体レベルの問いになっている。
価値を制度と典礼の応答へつなぐ
この価値の言語化を受けて、Organizational PreparationにはSample AI Policy(AI利用方針のサンプル)、デジタル・ミニストリーでのAI利用ガイド、AI Incident Response & Consultation Team(AIインシデント対応・相談チーム)、子ども・若者と家族のためのセーフガーディング、AIサービスのガバナンスと調達基準などが並ぶ。とくにIncident Response(インシデント対応)のテンプレートは、事故が起きた後に慌てて担当者を探すのではなく、牧会、法務、技術、広報、保険、財務など必要な知見へ接続できる連絡体制を平時から決めておく設計になっている。資料自体にも定期的なレビュー欄があり、ガバナンスは「規程を作って終わる」より、ケースや価値観を踏まえて組織ごとの方針と責任体制を整え、更新していく営みとして置かれている。
PC(USA)のSample AI Policyのページも、サンプル規程は共同体自身のディスアーンメントの代わりにはならず、Communal Values Exercise(仮訳:共同体の価値観に関するワーク)と組み合わせて使うよう明記している。つまり、テンプレートは答えではなく、すでに言語化した価値を制度へ落とすための出発点である。
ここで、ツールキットが共同体へ提供する応答は利用方針だけではないことにも注目したい。「Liturgies & Prayers(典礼と祈り)」には、AIについて話し合う会議を始めるための祈り、技術変化の中で牧会者が自分の召命を聞き直すLectio Divina(レクチオ・ディヴィナ)、ディープフェイクやボイスクローンによって身体・声・イメージを侵害された人のためのRite of Reclamation(再生の儀式)、偽造音声や誤情報によって分断された共同体のためのLiturgy of Lament(嘆きの典礼)などが用意されている。
これは、AIをめぐる共同体の応答を「ルールを作ること」に限定しない。たとえばディープフェイク被害に対しては、証拠保全や事故対応というガバナンス上の対応が必要になる一方、被害を受けた人の尊厳や、壊れた共同体の関係を祈りや典礼の中でどう扱うかという典礼的・司牧的対応もあり得る。DTRとしては、ツールキットはここで、制度と牧会、判断と礼拝を並行する経路として用意していると解釈できる。
前編で見てきたサミットは、神学的・倫理的価値を持つだけではなく、それを「どう応答するか」へ進めようとしていた。ツールキットの共同体レベルでは、その翻訳が、物語→価値→ケースでの検証→不足の確認→規程・責任体制→定期的な見直し、そして必要に応じて祈りや典礼という複数の経路として現れている。
ただし、ここまでの資源は主に米国の教会制度と牧会環境を想定して作られている。では、日本の教会がこれをそのまま使えるのだろうか。
第7章 日本の教会でそのまま使えるか――移植可能性とローカライズ
結論から言えば、「そのまま日本版として使える」と即座に断定するのは難しい。しかし、すべてを日本向けに作り直さなければ使いようがないわけでもない。ツールキットの中には、文化や法制度を越えて比較的試しやすい部分と、地域ごとの再設計が不可欠な部分が混在している。
比較的移植しやすい形成・討議資源
DTRでは、比較的移植しやすいと考えるのは、Theological Briefを用いた神学的討議、Five Gatesによる一つのタスクのディスアーンメント、Practice Casesを使ったケース討議、Naming Our Valuesによる共同体の価値の言語化、Clergy Workshopのセルフ・ロケーションなどである。これらは「米国の制度を知っていること」より、参加者が自分たちの経験、価値、関係を言葉にすることを中心にしている。もちろん文化差は残るが、少人数の教会や学習グループでも、原理的には試行可能な形式である。
日本向けに再設計すべき領域
一方、最も慎重さが必要なのが危機対応である。「Pastoral AI Crisis & Referral Protocol」は、988や911、mandatory reporting(法定報告義務)、守秘、児童・脆弱な人へのセーフガーディング、専門職への紹介などを具体的に扱うが、ページ自身が臨床・法制度上の基盤は主に米国向けだと明記している。国際版では、各国の危機番号、精神保健の紹介制度、セーフガーディング法制、守秘ルールを置き換える必要がある。ここを直訳だけで持ち込むのは危険である。
Organizational Preparationも同様である。事故対応チーム、AIサービスの調達、データ保持、児童保護、教団規程、専門家への接続などは、教会の規模、教団制度、利用サービス、地域でアクセス可能な専門職によって変わる。したがって日本で利用するなら、英語のポリシーを翻訳して採択するより、「自分たちの教会では誰が責任を持つのか」「どの情報をどのサービスへ入れてよいのか」「問題が起きたら誰へ相談するのか」を組織ごとの制度と実情に沿って組み直す必要がある。
また、同じ資源を導入する場合でも、教会の規模や、責任分担・専門職への接続がどこまで制度化されているかによって運用負荷は変わる。ツールキットが示すモデルを、そのまま組織図として輸入するのではなく、自分たちの実際の責任体制へ置き換える必要がある。
文化面の留保は制作側自身からも出ている。2026年のツールキット公開時、ELCAの牧師・神学者カルメロ・サントス(Carmelo Santos)は、より幅広い文化的背景の牧会ケア専門家によるレビューの必要を指摘し、自身の経験でもAnglo(アングロ系)の教区民に有効だったことがLatino(ラティーノ系)の共同体では同じように機能しなかったと述べている。制作側もこれを拒まず、実地での検証と文化的多様性への対応を今後の課題としている。日本へのローカライズも、このベータ版としての性格の延長として考える方が自然だろう。
では、日本の教会で最初に試すなら何が低リスクだろうか。DTRとしては、いきなりAI利用方針を作るより、90分程度の小規模な討議から始める方法を提案したい。これはChurch AI Toolkitの公式な「日本版手順」ではなく、ツールキットの構造を読み替えた試行案である。
1. 自分たちがAIを何の目的で使っているか、何を期待・懸念しているかを短く共有する。
2. Practice Caseを一件読む。
3. 自分たちの利用判断ならFive Gates、相談者への牧会応答ならFour Pastoral Levelsを使って検討する。
4. その議論から「この教会が守りたい価値」を3〜5個言語化する。
5. 危機対応、法制度、個人情報、専門職紹介など、日本で別途確認すべき項目を洗い出す。
6. その場で規程を完成させず、「次に確認すること」を一つ決めて終える。
この程度であれば、米国の危機対応制度を誤って輸入することなく、ツールキットの強みであるセルフ・ロケーション、事例、ディスアーンメント、共同体の価値観を体験できる。さらに一回で結論を出さず、次回の確認事項を残すことで、前章で見た「体制を整え、見直していく」サイクルにも接続できる。
こうして日本への移植可能性まで見ると、ツールキットの評価は単に「内容が充実しているか」では決められない。最後に、前編から設定してきた基準に戻り、この資源が何をどこまで翻訳できたのかを整理したい。
第8章 評価――神学的・倫理的問題はディスアーンメントへ変換されたか
このレビューでは、Church AI Toolkitの成功条件を「サミットで形成された神学的・倫理的問題を、現場で使用可能なディスアーンメントへどの程度変換しているか」と置いた。この基準は、DTRが外から恣意的に追加した評価項目ではない。2026年のAI & Church Summit自身が過去二年を振り返り、reflection(省察)からaction(実行)へ移ることを掲げ、実践神学の四課題を使って「何が起きているか」から「教会はどう応答するか」までを構成した。その同じ時期に、ツールキットが「理論だけでなく実際に使える資源」として公開された。ならば、そのreflectionがどのようなactionの単位へ変換されたかを見ることは、このプロジェクト自身の目標に沿った評価になると考えた。
五つの評価軸で翻訳の成否を見る
そこで本稿では、ツールキットの「翻訳」を五つの側面から確認する。
①神学的な問いが具体的な判断基準へ変わっているか
②AIをめぐる問題やリスクが牧会応答へ結びついているか
③牧会者の形成が実際の訓練へ落とされているか
④共同体の価値が組織運営へつながっているか
⑤サミットで扱われた社会正義や権力の問題が日常実践まで残っているか
これは前編で追った主要論点とツールキットの実践資源との対応を見るために設定した評価軸である。
第一に、神学的な問いから具体的な判断基準への変換はかなり明確である。Theological Briefに置かれた受肉、Imago Dei、共同体、真理、罪と恵み、牧会といった論点が、そのまま抽象的な教理説明で終わらず、Five GatesのConfidence(守秘)、Formation、Relationship、Truth、Telosへと変換される。とくにformationとtelosは、「AIで何ができるか」ではなく、「任せることで自分に何が形成されなくなるか」「効率化によって何のための時間を回復するのか」を問う。ここはツールキットの翻訳が最も成功している部分の一つだと考えられる。
第二に、AIをめぐる問題やリスクから牧会応答への変換も具体的である。AIコンパニオン、グリーフ・ボット(griefbot)、詐欺、守秘、仕事喪失といった問題を、Four Pastoral Levelsと既存の牧会ケアモデルへ接続し、「どの程度の危機か」「今は聴くのか、支えるのか、専門職へつなぐのか」を判断できる単位へ落としている。しかもAIを一律に危険視せず、グリーンからレッドまで応答の強さを変える点は、過剰反応と過小評価の双方を避けるための設計になっている。
第三に、牧会者の形成から反復実践への変換も強い。Clergy Workshop、AI Fluency Flow、Practice Casesを使い、牧会者自身のセルフ・ロケーションから、ケース判断、振り返り、次の一歩までを繰り返す。知識を一度読んで終えるのでなく、判断する人自身が形成されることをプログラムに含めている。
第四に、共同体の目的や価値から組織運営への変換も比較的よくできている。Naming Our Valuesは共同体の物語から価値を取り出し、ケースでpressure-testし、gap checkを経て利用方針やガバナンスへ進む。サンプル規程を先に答えとして置かない点は、「技術のルール」より「共同体が何を大切にするか」を上位に置く設計である。さらにIncident Responseやprocurement(調達)の資源によって、責任の所在、データ、ベンダー、事故対応まで組織レベルへ拡張している。
残る限界――macro・技術粒度・文化移植
ただし第五の評価軸である、前編で扱った権力・資源・環境・地政学といった社会正義上の問題から日常実践への変換は、相対的に弱い。ツールキットに社会構造の問題が全くないわけではない。仕事喪失のケースや採用バイアス、組織のデータ利用などには、経済・権力・制度の問題が残っている。しかし、2025〜2026年のサミットで前景化したデータセンター、土地、水、資源抽出、地政学的競争といった論点は、ツールキットでは中心的な実践資源にはなっていない。
これは単純な欠点と断定するより、ツールキットのスコープの選択として見る必要がある。ツールキットの主対象は牧師、チャプレン、ケアギバーであり、目の前の人や牧会者自身というmicro(個人)レベルから、会衆や教会組織というmeso(個人と社会全体の中間)レベルに強い。一方、サミットが扱った企業権力、インフラ、資源、政策といったmacroの層は、そのまま牧会ツールへ変換しにくい。DTRから見ると、この「macroからmicroへの翻訳で何が抜け落ちるか」は、現状のツールキットの限界であると同時に、今後の発展として見るべき点でもある。
もう一つの留保は、「AI」という語の粒度である。Five Gatesのような汎用的ツールでは、一般向けクラウド型チャットボット、組織契約されたAI環境、組織内で管理されるモデルなどの違いが、判断項目の前面には必ずしも出てこない。たとえば守秘のリスクは、入力先の利用規約、データ保持、学習への利用、管理権限によって大きく変わる。一方でOrganizational Preparationの調達・ガバナンス資料では、vendor assessment、data retention、human review、cybersecurity、exit planning(それぞれ:ベンダー評価、データ保持、人的確認、サイバーセキュリティ、出口戦略)など、技術環境の違いを詳しく見る資源も用意されている。したがって「ツールキットはAIを全部同じものとして扱う」とまでは言えないが、個人向けディスアーンメントと組織向け技術評価の間には、まだ接続を深められる余地がある。
危機対応と文化的移植についても未完成である。米国向けの緊急対応・法制度をそのまま国外へ適用できず、制作側自身も文化的多様性、実地試験、臨床的・神学的レビューの必要を認めている。また第3章で触れたように、AIの意識や主体性をめぐる記述には、神学的人間論上の確信と、哲学・認知科学上の未決着な問いを区別して読む必要がある。さらに、同じ教会の中でも、AIを日常の業務環境として使い、モデルやデータ管理の違いまで理解している人と、ほとんど利用経験のない人では、必要とされるAIリテラシーの水準が異なる。ツールキットは共通語彙を作る入口にはなるが、すでに高度な実務経験を持つ利用者の判断をどこまで支えられるかは、別の検討課題になる。ベータ版として評価する以上、こうした留保を欠点項目として並べるより、どこがまだ検証中なのかを可視化する方が適切だろう。
それでも、前編からの問いに対する答えはかなり明確になったはずである。Church AI Toolkitの最大の特徴は、「AIについて教会は何を考えるべきか」という原則集を作ったことではない。神学を問いへ、問いをケースへ、ケースを牧会応答へ、共同体の価値を組織運営へ変換し、判断そのものを練習できる形にしたことである。さらに典礼資源まで含めることで、AI問題を規程や安全管理だけでなく、祈り、悲嘆、尊厳、共同体の回復の問題としても扱う。
評価をスケール別に言い換えるなら、個々の牧会者と相談者が出会うmicro(個人)の層では翻訳はかなり具体的であり、会衆や教会組織というmeso(中間)の層でも価値からガバナンスへの道筋がある。社会構造というmacro(社会全体)の層、日本を含む異文化・異制度環境への移植はまだ部分的である。だからこそ、このツールキットを「完成した教会AI標準」と読むより、教会がAI時代の判断力を訓練し、使いながら修正していくためのベータ版の実践基盤――beta infrastructure――として読むのが最も妥当だとDTRでは考える。
前編で追った三年間のサミットは、AIをどう理解するかという会話から始まり、人間と社会の形成、そして神の民の主体性へ問いを移してきた。後編でツールキットを具体的に読んでみると、その主体性は巨大な理念のままではなく、「この情報を入力してよいか」「この仕事をAIへ任せることで何が形成されなくなるか」「この人はいま何を必要としているか」「私たちの教会は何を大切にするのか」という、小さな判断の積み重ねへ降りてくる。
AI時代の教会に必要なのは、すべての技術について一度で正しい答えを出すことではなく、変化する状況のなかでも、何を見て、何を問い、誰と判断し、どう見直すかという力なのかもしれない。Church AI Toolkitは、その力を完成品として提供するのではなく、訓練するための足場を作ろうとしている。少なくとも現段階では、そこにこのツールキットの最も深い価値がある。





