デジタル神学(Digital Theology) は、デジタル技術やデジタル文化と神学との関係を考える研究領域です。
AI、ソーシャルメディア、デジタル聖書、オンライン礼拝、データ分析といった新しい技術について神学的に考えるだけでなく、デジタル化によって神学の研究方法、聖書解釈、教会、牧会、人間観、倫理などがどのように変化するのかを問い直します。
その意味でデジタル神学は、「技術について神学がコメントする」だけの一方向的な営みではありません。
デジタル文化によって神学が変わり、同時に神学からデジタル文化を問い直す。その双方向的な関係を扱うことが、この領域の特徴です。
デジタル神学の4段階
「デジタル神学」という言葉には、現在も一つに固定された定義があるわけではありません。
2019年にPeter M. Phillips、Kyle Schiefelbein-Guerrero、Jonas Kurlbergが発表した論文 Defining Digital Theology は、この領域を整理した初期の重要な論考の一つです。論文では、デジタル神学をデジタル・ヒューマニティーズやデジタル宗教との関係から整理しながら、神学とデジタル文化の接点を複数の段階として示しています。
DT1:神学をデジタルで伝える
オンライン講義、デジタル教材、Webサイト、動画などを使って、既存の神学を伝達・教育する段階です。
ここでは「デジタル」は主として伝達手段です。神学の内容そのものが必ずしもデジタル文化によって変化するわけではありません。
DT2:デジタルによって神学研究を行う
大量のテキストを分析したり、オンライン上の宗教実践を研究資料として扱ったり、データを可視化したりするなど、デジタル環境そのものを研究方法へ取り込む段階です。
2019年論文では、ビッグデータ、遠隔読解、オンライン宗教実践、データ可視化などが例として挙げられています。
DT3:デジタル文化と神学を相互に問い直す
ここからデジタル神学の特徴がより明確になります。
デジタル文化を神学によって分析するだけでなく、デジタル文化によって神学そのものを問い直します。
たとえば、AIが人間理解に何をもたらすのかを神学的人間論から考える一方で、AIの存在によって「人間とは何か」という神学的問いそのものが変化する可能性も考えます。
2019年論文では、この関係を、神学とデジタル文化が互いを分析する双方向的・反省的な関係として説明しています。
DT4:デジタル社会を神学的・倫理的に批判する
さらにデジタル神学には、デジタル技術や文化を神学倫理の観点から評価する側面もあります。
AI、監視、プラットフォーム、技術と人間の幸福、政治、社会などを対象として、「技術は何を可能にするか」だけでなく、「何のために使われるべきか」「どのような人間や社会を目指すのか」を問います。
2019年論文では、この段階をデジタル神学の「prophetic re-appraisal(預言者的再評価)」として整理しています。
この4段階は、デジタル神学について現在唯一の公式分類というわけではありません。
むしろ、デジタル神学という言葉が「神学のオンライン化」から「デジタル文化との相互的な神学的対話」まで、かなり広い射程を持っていることを理解するための一つの有力な枠組みとして捉えることができます。
デジタル神学は何を問い直すのか
デジタル神学の対象は、個々のデジタル技術だけではありません。
デジタル文化の中で、神学がこれまで前提としてきた概念や実践そのものがどのように変化するかも研究対象になります。
たとえば、次のような問いがあります。
聖書解釈
検索、リンク、レコメンド、AIなどによって聖書を読む経路が変わるとき、解釈はどのように変化するのか。
教会
オンラインとオフラインが混在する環境で、「教会」「共同体」「礼拝」とは何を意味するのか。
権威
聖職者、教会、神学者だけでなく、検索エンジン、プラットフォーム、アルゴリズム、AIが宗教的情報を媒介するとき、権威はどこに存在するのか。
神学的人間論
AIや仮想空間、生体技術が発展する中で、「人間とは何か」「人格とは何か」という問いはどう変わるのか。
倫理
技術を「使ってよいか」だけではなく、どのような社会や人間のあり方を技術によって形成しようとしているのか。
神学的方法
データ分析、自然言語処理、AIなどが研究に入ってくるとき、「読む」「解釈する」「論証する」といった神学研究の方法そのものはどう変化するのか。
こうした問いからも分かるように、デジタル神学は単なる「テクノロジー倫理」の一分野ではありません。
デジタル化によって神学の対象だけでなく、神学の方法や概念そのものが変化し得ることを研究する領域でもあります。
デジタル宗教との違い
デジタル神学と近接する領域に、デジタル宗教(Digital Religion)があります。
両者は多くの研究対象を共有していますが、研究の目的には違いがあります。
デジタル宗教は、デジタル環境で宗教実践、共同体、アイデンティティ、権威などがどのように形成されるかを主に観察・分析します。
一方デジタル神学は、それらの現象を神学的な問いへ接続します。
デジタル宗教はデジタル文化における宗教現象とその意味の研究に重点を置くのに対し、デジタル神学はより明確に神学的な目的を持つ領域として区別されるのです。
たとえば、オンライン礼拝を研究するとします。
デジタル宗教では、「人々はオンライン礼拝にどう参加しているのか」「共同体意識はどのように形成されているのか」といった問いが中心になります。
デジタル神学では、そこからさらに、「オンライン礼拝を教会論的にどう理解するのか」「聖礼典や身体性をどう考えるのか」という問いへ進むことができます。
ただし、両者の境界は完全に固定されているわけではありません。
デジタル宗教の代表的研究者がデジタル神学の研究ネットワークにも参加しているように、現実の研究実践では両領域は互いに重なり合っています。2026年時点のGoNeDigiTalでも、デジタル宗教研究を代表するハイディ・A・キャンベル(Heidi A. Campbell)やトーマス・シュラーク(Thomas Schlag)らがデジタル神学の研究ネットワークに参加しており、両領域を橋渡ししています。
→ [デジタル宗教について]
計算神学、デジタル・ヒューマニティーズとの関係
デジタル神学は、計算神学(Computational Theology)やデジタル・ヒューマニティーズ(Digital Humanities)とも関連しています。
デジタル・ヒューマニティーズは、デジタル技術や計算的方法を人文学研究へ導入してきた広い研究領域です。
テキスト分析、データベース、デジタルアーカイブ、自然言語処理、ネットワーク分析、可視化など、多くの方法が神学・聖書研究にも利用されています。
例として聖書学はデジタル・ヒューマニティーズや計算的研究を比較的早い段階から利用してきた領域として位置づけられています。
計算神学は、その中でも計算的方法そのものをより前面に出します。たとえば、
聖書テキストの自然言語処理
感情分析
ネットワーク分析
構造解析
機械学習
LLMを用いた研究
などです。
デジタル神学とこれらの領域は、完全に別々のものというより、
デジタル・ヒューマニティーズが方法や研究基盤を提供し、計算神学が計算的方法を神学へ適用し、デジタル神学がそこから生じる神学的・方法論的意味を問い直す
という形で重なり合う場合があります。
→ [計算神学について]
→ [デジタル・ヒューマニティーズについて]
形成されつつある研究領域
デジタル神学は、デジタル・ヒューマニティーズやデジタル宗教と比べれば、比較的新しい研究領域です。
近年は、研究センター、国際ネットワーク、年次大会、学術出版などを通じて、独立した研究領域としての制度化が進んでいます。
GoNeDigiTal(Global Network for Digital Theology)は、デジタル神学を独立した学術領域として継続的に定義し、研究・教育を促進する国際ネットワークとして活動しています。
また2026年には、The Oxford Handbook of Digital Theology が刊行されました。
このハンドブックでは、方法論だけでなく、聖書解釈、教義学、実践神学、牧会、障害、ジェンダー、宣教、コンピュータ科学などが扱われています。デジタル神学が「デジタル技術についての倫理」だけではなく、神学の複数領域を横断する研究分野へ拡張していることを示しています。GoNeDigiTal(Global Network for …
同時に、この分野は現在も形成途中です。
「どこまでをデジタル神学と呼ぶのか」「デジタル宗教や計算神学とどう区別するのか」「神学的研究と技術研究をどのように接続するのか」といった問い自体が、まだ研究対象になっています。
DTRでは、この「境界がまだ動いていること」そのものも重要な観察対象として考えています。
多角的な視点でデジタル化と神学を探究する
Digital Theology Reviewでは、デジタル神学に関連して、主に次のテーマを扱います。
AIと神学
生成AI、LLM、人工知能をめぐる神学的・倫理的・人間論的問い。
聖書とデジタル技術
聖書アプリ、検索、AI、デジタル聖書、アルゴリズムによる解釈の媒介。
教会とデジタル文化
オンライン礼拝、教会DX、牧会、教育、共同体。
宗教的権威
教会、聖職者、神学者、プラットフォーム、検索エンジン、AIのあいだで権威がどのように分配・媒介されるか。
神学的人間論
AI、デジタルアイデンティティ、身体性、人間の尊厳など。
デジタル神学の研究史
研究機関、研究者、書籍、国際ネットワーク、学術動向。
DTRでは、「新しい技術に対してキリスト教はどう反応すべきか」という問いだけに留まりません。
むしろ、デジタル化によって、私たちが神学を考える条件そのものがどう変わっているのか。という問いを重視します。
主要記事
ここでは、デジタル神学を理解するうえでDTRが特に重要と考える記事を紹介します。
[AIは聖書を解釈できる?【徹底解説】聖書協会レポート「AI、聖書アプリと神学的バイアス」]
AI、聖書アプリ、神学的バイアスを扱った聖書協会のレポートをもとに、AIが聖書解釈を媒介する際に生じる問題を整理します。
[京都大学カテキズムBot関連記事]
宗教知識をAIが生成・媒介することについて考えます。
※記事の蓄積に応じて、このセクションは随時更新します。
最新記事
〔ここにWordPress Query Loopでデジタル神学関連の最新記事を表示〕
主要な研究者・研究拠点
デジタル神学は、一つの研究機関だけから生まれた領域ではありません。
しかし、その形成において重要な役割を果たしてきた研究者・ネットワークがあります。
ピーター・M・フィリップス(Peter M. Phillips)
Durham UniversityのCODEC / Centre for Digital Theologyを中心にデジタル神学の形成に関与し、2019年の Defining Digital Theology の共著者でもあります。
ヨナス・カールベリ(Jonas Kurlberg)
2019年論文の共著者であり、2026年時点ではGoNeDigiTalのChairを務めています。The Oxford Handbook of Digital Theology の共同編集者でもあります。
GoNeDigiTal — Global Network for Digital Theology
デジタル神学を独立した研究領域として継続的に定義し、国際的な研究・教育・ネットワーク形成を進めています。
このほか、デジタル宗教、実践神学、コンピュータ科学、神学倫理など複数の分野の研究者が、この領域の形成に参加しています。
関連する研究領域
デジタル神学は、隣接する複数の研究領域と重なっています。
[デジタル宗教 — Digital Religion]
デジタル環境における宗教実践、共同体、権威などを研究します。
[計算神学 — Computational Theology]
計算的方法やAIを神学・聖書研究へ応用します。
[デジタル・ヒューマニティーズ — Digital Humanities]
デジタル技術によって人文学の研究方法や知識生産がどう変化するかを扱います。
Digital Theology Reviewでは、これらの領域を完全に分離するのではなく、その境界と接続を継続的に検討していきます。
