計算神学(Computational Theology)は、計算機によって支援された方法を用いて、神学的な研究課題を探究する研究領域です。
聖書や神学文献のテキスト分析、自然言語処理、ネットワーク分析、感情分析、トピック・モデリング、機械学習、AIなどは、その代表的な方法です。
しかし、計算神学は単に「コンピュータを神学研究に使うこと」を意味するわけではありません。
神学的な概念をデータとして扱うには、何を計測し、何を分類し、どの特徴を研究対象としてモデル化するのかを決める必要があります。その選択自体が、すでに研究者による解釈を含んでいます。
したがって計算神学では、コンピュータによって何が分析できるのかと同時に、神学的な問いを計算可能な形へ変換するとき、何が残り、何が失われるのかを考えることが重要になります。
計算機によって支援されたアプローチを用いて神学的な問いを研究する
計算神学は、まだ長い歴史を持つ確立済みの学問分野ではありません。
現在この概念を体系的に整備している研究拠点の一つが、ドイツ・ハイデルベルクを中心とするTheoLabです。
Christopher A. NunnとFrederike van Oorschotが編集した全2巻の『Kompendium Computational Theology』では、計算神学をおおむね、
「計算機によって支援されたアプローチを用いて神学的な問いを研究すること」として定義しています。
重要なのは、この定義の中心が「コンピュータ」ではなく、神学的な問いに置かれていることです。
計算神学の目的は、使える最新技術を神学へ持ち込むことではありません。まず神学的な研究課題があり、その問いに対して、デジタル・ヒューマニティーズや計算人文学で発展してきた方法を利用できるかを検討します。
つまり、「何について研究するか」ではなく、「神学的な問いをどのような方法で研究するか」が重要な特徴になっています。
デジタル・ヒューマニティーズとの関係
計算神学を理解するには、Digital Humanities(デジタル・ヒューマニティーズ)との関係が欠かせません。この二つの領域の接点そのものが出発点となります。
『Kompendium』第1巻『Forschungspraktiken in den Digital Humanities(デジタル人文科学における研究実践)』では、デジタル・ヒューマニティーズで利用されている研究方法や実践を紹介します。第2巻『Potentiale digitaler Forschung in der Theologie(神学におけるデジタル研究の可能性)』では、今度は神学の側から、それらの方法が各神学分野でどこまで利用できるかを検討します。
つまり構造としては、以下のような往復があります。
デジタル・ヒューマニティーズの研究方法
↓
神学的な問いへの適用
↓
神学の専門知識による解釈・検証
デジタル・ヒューマニティーズには、デジタルアーカイブやデータベースの構築から、テキスト解析、ネットワーク分析、GIS、画像分析、AIまで非常に広い活動が含まれます。
計算神学は、その中でも特に計算可能性や分析手法を前面に出す方向と関連づけられます。
この背景にはComputational Humanities(計算人文学)という考え方があります。『Kompendium』では、広い「Big Tent」として発展したデジタル・ヒューマニティーズに対し、計算人文学は計算・形式化・技術的方法をより明示的に前景化する潮流として参照されています。
→ [デジタル・ヒューマニティーズについて]
デジタル神学との違い
計算神学とデジタル神学は重なる部分が多いですが、同じものではありません。
デジタル神学は、デジタル文化と神学との関係を広く扱います。
たとえば、「AIと神学的人間論」「オンライン教会」「デジタル文化と倫理」などは、計算的方法を使わなくても研究できます。これに対して計算神学では、より明確に研究方法としての計算的アプローチが中心になります。
たとえば、「AIは神学的人間論に何をもたらすのか」と論じることはデジタル神学です。一方、「数千件の神学文献を自然言語処理によって分析し、人間概念の歴史的変化を調べる」という研究には計算神学の性格が強くなります。
両者の違いは研究対象より、方法論的な重点の違いとして理解すると分かりやすいでしょう。
デジタル神学:デジタルと神学の関係を広く問う
計算神学:計算的方法によって神学的な問いを研究する
→ [デジタル神学について]
どのような方法が使われるのか
テキストだけでなく画像、音声、映像、空間データなどが含まれます。特にテキスト分析については、スタイロメトリー、ネットワーク分析、デジタル談話分析、Named Entity Recognition(固有表現認識 / NER)、トピック・モデリング(Topic Modeling)、感情分析、間テクスト性研究、Spatial Analysis(空間分析・空間解析)、情報可視化などが扱われています。
自然言語処理(NLP)
大量の聖書・神学テキストから、語彙、構文、意味、人物、場所、感情などの特徴を計算機によって抽出・分析します。LLMも、今後この領域の一部として利用される可能性があります。
スタイロメトリー
文章の文体的特徴を数量化し、著者や文書群を比較します。
神学・聖書学では、たとえば書簡の著者問題のような古典的研究課題とも接続します。『Kompendium』でも、パウロ書簡の真正性問題が神学における応用例として挙げられています。
トピック・モデリング
大量の文書の中で、どのような語が共起し、どのような主題構造が存在するかを統計的に探索します。
人間がすべてを精読するのが難しい大規模コーパスについて、研究仮説を作るための手がかりを得ることができます。
感情分析
テキストに含まれる感情、評価、態度などを計算的に分類します。
説教、宗教的SNS投稿、神学的論争などの分析にも応用できます。ただし皮肉や暗黙的な意味の把握などには限界があり、『Kompendium』でもその点が明示されています。
ネットワーク分析
人物、文献、概念、引用、組織などの関係をネットワークとしてモデル化します。
教会史の人物関係、神学者間の引用関係、聖書中の人物関係など、従来は個別に読んでいた関係性を大規模に観察できる可能性があります。
AI・機械学習
分類、OCR、翻訳、画像認識、パターン検出、生成AIなども研究方法に入りつつあります。LLMを利用した古代言語翻訳やOCR補助を含むデジタル聖書学プロジェクトの事例も報告されています。
ただし、AIは、利用可能な計算的方法の一つであり、計算神学は「AIを使う研究」の別名ではありません。
聖書研究から教会史・倫理まで
計算神学という名前から、聖書テキストの計算分析だけを想像するかもしれません。
実際、聖書研究はこの領域の重要な部分です。しかし計算神学がとらえている範囲は、それよりかなり広いものです。
2026年刊行の『Kompendium』第2巻では、聖書学だけでなく、キリスト教考古学、教会史、教義学、神学倫理、宗教学、異文化間神学、説教学、宗教教育、教会社会学、牧会学など、神学の多数の専門領域について計算的方法の可能性が検討されています。
たとえば説教学では、トピック・モデリング、感情分析、ネットワーク分析などを用いて説教コーパスを研究する可能性が論じられています。宗教学では、デジタル空間における宗教研究と、トピック・モデリングや画像分析などの計算的方法がまだ十分統合されていないことも課題として指摘されています。
つまり計算神学は、「聖書を計算する研究」ではなく、神学諸分野に計算的方法を導入したとき何が可能になるかを探る研究プログラムとして理解した方が正確です。
計算できれば理解したことになるのか
計算神学で特に重要になるのが、解釈と計算の関係です。
人文学や神学では、研究対象を単純な数値に置き換えられない場合が少なくありません。
たとえば「罪」「救い」「希望」「権威」「愛」といった概念を大量の文章から検出したいとします。
そのためにはまず、「どの語や表現を『希望』として数えるのか」「否定表現はどう扱うのか」「比喩はどう扱うのか」「同じ単語が違う意味で使われた場合どうするのか」といった判断が必要になります。
つまりデータは、研究対象そのものではなく、研究者が何らかの基準によって対象を選び、分類し、形式化した結果です。
『Kompendium』第2巻では、この問題を計算神学の中心的な科学論・認識論上の課題として扱っています。そこでは、データ概念、Open Science、データ駆動研究と解釈学との関係、コーパスによるカノンの再構成、研究協働、Data / Code Literacyなどが重要な論点として挙げられています。
またデジタル・ヒューマニティーズ側でも、データセットや分類そのものが特定の理論、世界観、分類体系を反映しており、形式化には選択が伴うことが指摘されています。
したがって計算神学に必要なのは、計算か解釈かという二者択一ではなく、むしろ、計算 → 発見 → 人間による検証 → 再解釈 → 再分析という往復です。
これは従来の人文学的解釈と計算的方法を組み合わせるミックスド・メソッド(混合研究法 / Mixed Methods Research)や、反復的な研究プロセスとも関連します。
計算結果を専門知識・文脈知識によって検証すること、また自動分析と人間によるレビューを反復的に組み合わせることが重視されるのです。
新しい問いを発見するための計算
計算的方法の価値は、単に「大量の資料を速く処理できる」ことだけではありません。
従来の方法では見えなかったパターンを発見し、これまで立てることが難しかった問いを作れる可能性があります。
たとえば、一人の研究者が100冊を精読することはできても、数万件の説教、数百年分の神学文献、巨大な聖書コーパスを同じ方法で読むことはできません。
そこで計算的方法を利用すれば、「ある概念がいつ増減したか」「どの人物同士が強く関連しているか」「どの文書群に似たパターンが存在するか」といった大規模な傾向を探索できます。
計算的方法は既存の研究課題への新しい回答方法を提供するだけでなく、新しいコーパスや大規模データを扱うことで新しい研究の問いそのものが生まれます。
その意味で計算神学は、人間による精読をコンピュータで置き換えることではなく、人間だけでは見えなかった場所を計算によって発見し、そこへ再び人間の解釈を向けることに可能性があります。
形成されつつある研究領域
計算神学は、現時点ではデジタル・ヒューマニティーズのように広く制度化された研究領域ではありません。
デジタル・ヒューマニティーズや計算人文学はすでに確立されている一方、計算神学については、少なくとも日本国内では「名の通った研究領域」とまでは言えない、というのが現状ではないでしょうか。
現在はとくにKartierung(地図化)Exploration(探索)Vision(展望)を行う段階にあると考えることができます。
既に計算的方法が活用されている聖書学、考古学、教会史などを地図化する一方、教義学や異文化間神学など、まだ事例の少ない分野については可能性を探索する。神学とデジタル・ヒューマニティーズの接続が将来どのような研究領域になり得るかを構想する。
「形成途中であること」は、計算神学を理解するうえで重要です。
2026年の段階でも、この領域には方法論だけでなく、統一的な理論枠組みを今後さらに構築する必要があるという自己認識がある、とのことです。
DTRでは、その形成過程そのものも追跡していきます。
「Big House」としての計算神学
『Kompendium』第2巻の終盤では、計算神学の将来像として興味深いBig Houseというモデルが提示されています。
これは、神学全体を一つの計算的方法へ統一するのではなく、聖書学、教会史、教義学、実践神学、倫など、それぞれの神学分野が独自の研究文化や方法を維持しながら、共通の研究インフラや計算的方法を共有するという考え方です。
つまり計算神学は、各分野を飲み込む新しい「上位学問」ではなく、複数の神学分野が出入りできる共通空間として構想されています。このモデルによって、専門領域の自律性と学際的協働の双方を保つことが提案されているのです。
この発想はDTRでも重要だと考えています。計算神学を独立した閉じた専門分野としてではなく、神学の複数領域とデジタル・ヒューマニティーズが出会う方法論的な共有空間として捉えることができます。
DTRでは何を扱うか
Digital Theology Reviewでは、計算神学に関連して、特に以下の領域を扱います。
Bible NLP
自然言語処理を用いて聖書テキストの語彙、構文、意味、談話構造などを分析します。
聖書・神学テキストの構造分析
キアスムス、並行構造、反復、談話構造などを計算的に検出・評価する方法を検討します。
感情・意味分析
聖書、説教、神学文献などに含まれる感情・評価・意味的特徴を数量的に分析します。
ネットワーク分析
人物、概念、引用、文書などの関係性をモデル化し、その構造を調べます。
AI・LLMと神学研究
LLMを研究補助、分類、翻訳、探索、テキスト分析などに利用するときの可能性と限界を検討します。
再現研究
既存研究で用いられた方法を実際にコードやデータを用いて再現し、その結果と方法論を検証します。
計算と解釈
数量的結果をどこまで神学的な意味として解釈できるのか、データ化・形式化によって何が失われるのかを考えます。
特に、「この方法で何ができるのか」だけでなく、「なぜその方法でその神学的結論を導いてよいのか」という問いを重視したいと考えています。
研究ノート・再現研究
〔ここは将来的にDTR独自のコンテンツ群を表示〕
計算神学については、DTRで理論を紹介するだけでなく、可能な範囲で研究方法そのものを試します。
たとえば、
聖書NLP研究の再現
キアスムス検出手法の実装
感情分析モデルの比較
聖書テキストの構造分析
既存論文のコード・データの再実行
などです。
結果が先行研究と一致しなかった場合も、それ自体を研究上の情報として記録します。
このセクションでは、完成した結論だけでなく、
データ → 前処理 → 分析 → 検証 → 解釈
という研究過程をできるだけ見える形で残します。
主要記事
計算神学を理解するうえでDTRが特に重要と考える記事・研究ノートを紹介します。
[キアスムスの計算的発見に関する記事]
聖書テキストの対称構造を、計算的方法によってどこまで検出できるかを扱います。
[山上の説教の感情分析]
聖書テキストへ感情分析を適用した際に、どのような結果が得られ、どのような解釈上の限界が生じるかを検討します。
〔今後、再現研究・Bible NLP記事を追加〕
※記事の蓄積に応じて、このセクションは随時更新します。
最新記事
〔計算神学関連の最新記事を表示〕
主要な研究者・研究拠点
TheoLab
2019年から、ハイデルベルクで神学とデジタル・ヒューマニティーズの接点における研究活動を蓄積してきた研究ネットワークです。『Kompendium Computational Theology』もTheoLabの研究活動を背景に成立しています。
フレデリケ・ファン・オールショット(Frederike van Oorschot)
計算神学の概念形成、デジタル神学、デジタル解釈学、神学とデジタル・ヒューマニティーズの科学論的・認識論的問題などを研究しています。
クリストファー・A・ナン(Christopher A. Nunn)
計算神学の研究実践と方法論的な輪郭の形成に関わり、『Kompendium Computational Theology』の共同編集者を務めています。
ナンはこの領域を、技術的方法と神学的・解釈学的反省の双方を必要とする場として捉えています。第2巻の展望でも、計算神学は「技術革新(technical innovation)」と「解釈学的省察(hermeneutical reflection)」の間にある統合的な可能性の空間として提示されています。
関連する研究領域
[デジタル・ヒューマニティーズ — Digital Humanities]
計算神学が利用する多くの研究方法・研究インフラの基盤となる領域です。
[デジタル神学 — Digital Theology]
計算的方法を含め、デジタル文化と神学との関係をより広く研究します。
[デジタル宗教 — Digital Religion]
デジタル環境における宗教現象を研究します。SNS上の宗教実践などを計算的方法で分析する場合、デジタル宗教と計算神学が直接重なることもあります。
Digital Theology Reviewでは、計算神学を、「神学をAIにやらせること」でも、「神学を数字へ還元すること」でもなく、神学的な問いと計算的方法を往復させる研究実践として扱います。
計算によって新しいパターンが見えたとき、そこで研究は終わりません。
むしろ、なぜそのパターンが見えたのか。それは神学的に何を意味するのか。そして、その意味を語るために計算はどこまで根拠になり得るのか。そこから、計算神学の問いが始まります。
