第28章 パトモス島/第7話 別離|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

第7話 別離

 女王メイが乗ってきたケルブ船には、ツァヴァヰェからの数百名の王軍も乗船していた。聖都ヰェナダーの君主領から派遣されてきた者たちだった。隊員たちはシーダー社の残党の動きを監視するため、パトモス島や周辺海域に配備されることになった。島民は再びそわそわし始めた。ケルブ船は人が減ったので、追加の乗客を募集した。ウィスターは超大型船舶乗りたさに、あっさりと帰国の日を決めてしまった。それはヤオとアミュテュスがメイに謁見した次の日だった。メイ女王の来島から一挙に変化の時を迎えたので、この別れの宣言を、アミュテュスとその家族も慌ただしさの中で受け止めた。

 旅立ちを翌朝に控えた臥は天気がよく、明るさの中で、ヤオは荷物の積み込みを行うことができた。アミュテュスはパトモス・ハウスでの謁見で気力を使い切ったために、帰宅してすぐ部屋に閉じこもって寝てしまった。しばらくするとウィスターに起こされて、ツァヴァヰェ王軍歓迎の祭りが催されている町に、自分らの送別を飾るために繰り出した。

 アミュテュスはウィスターとすっかり気心が知れたので、そのうちヤオを巻き込んでくれると思っていた。でもウィスターは、これで最後とばかりに酒を飲み、美食を求め、笑い、自らをいっそう楽しませることに没頭していた。ヤオを見かけて、ちょっと医師に目配せをしたら、きっと大声で彼を呼んでくれるだろう。

 しかし、肝心のヤオは、ヰェナダーの隊員や島の男たち、府主の配下たちが取り囲んで、いつになく熱心に話し込んでいた。盛装のつもりか、フェリックス王に賜ったという短剣すら脇に差している。それとなく傍に寄ると、ロー・ジがどうの、警備の配置がどうの、面白くなさそうな単語が出てきて近寄りがたい。

 そうこうするうちに、ほどほどなところでヤオは消えてしまった。手紙を書くという約束を、せめて目を合わせてしたかった。アミュテュスは母親を書記に当たり障りない文章を書いてもらうしかないが、パトモス島と演習林とで、押し花の交換とかをしてもいい。

 今臥というときにヤオに見向きもされないつまらなさを、酒の力でごまかした。酒が美味しいと思えるところまで、体力は回復していたが、いっそ不味いと思っていた時の弱さを引きずっていたら、友人たちをもっと長く引き止めることができたのだろうか。

 アミュテュスは文字通り、生まれた時から手に入らないものはなかった。才能も、美も、喜びも、悲しみでさえも、欲しいと思う何倍もの大きさで味わうことができた。人生は寝そべっていようが立っていようが、享受するだけで十分だった。必要ないことは顔を背けていれば見えなくなり、不都合も生じなかった。

 天才楽師のこころの奥まった宮殿で何かが起ころうとしていた……いや、無くなろうとしていた。ある存在をとらえた矢先に、剥がれ落ちようとしているが、見ていることしかできない。

 アミュテュスは心地よい状態を保つのに無力というわけではない。むしろ、力がついたからこそ忍耐して見送らなければならないことがある……ウィスターと二人で、支え合って帰ることができるぎりぎりのところまで酔って戻った。ヤオはとっくに休んでいるようだった。

 パトモスの港はケルブ船が入れるほど大きくなかったので、本船まで小舟が渡される。ヤオは誰より早く起きて、ギョエテに港でポンパドーター舟の操舵を教わっていた。小さな翼のように集光機がついた舟で沖まで漕ぎ出した後、ウィスターやアミュテュス達が港に着いたのを見て、たどたどしく舟を旋回させて桟橋につけた。もはや島の人のようにサングラスをかけ、薄地のシャツを着て、ふくらはぎ丈の麻のパンツを履いている。ギョエテは熱心にヤオに操船のこつを教え込んでいる。

──舟の操り方を、土産話にするのかしら。フェリツの文化なの。

 これは男独特の思考なのか。ウィスターはこの土地の薄くて軽い、綺麗に光を透かす麦わら帽子を、軽いことを幸いと何枚も買い、近所に配るお土産にすると言っていた。ヤオの旅行カバンには、海の砂や丘の根が詰め込まれているかもしれない。

 アミュテュスはレモン色のワンピースを着ていた。父と青年がちょっとでもこちらを見てくれないかと、サングラス越しに遠慮なく見た。お別れの挨拶の時間であることを伝えるためだった。

 しかしヤオは、舟に乗ってしまったということはもう陸には上がらないものと思ったのか、こちらを少し見た後は、ギョエテにケルブ船への横付けの方法を確認した。

──そんなに、きっちりやる必要ある? お父さんの手前、まじめぶってんの?

「じゃあ、アミュテュス、ほんとに、ムリしちゃだめよ」

 ウィスターが、アミュテュスの頬に頬をぴったりとつけて、抱擁した。顔を離すと、医師もサングラスをかけて、日焼けをしていたが、鼻と耳に血色が集まっていた。アミュテュスもつられて胸がつまった。両手でウィスターの手を握り、離す時には涙が流れていた。

 ウィスターが舟に乗ると、ヤオは岸に向かってごく軽く手を上げた。そしてすぐに発進に集中した。

──おや?

 大きく手を振るウィスターに応えながらも、ヤオが舵を父に預けて振り返り、母を、思い人を、お互いに小さくなるまで見つめてくれるのを待った。

──まさか、これで、終わり?

 小舟はそのまま、ヤオの操縦で走り去って行った。

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