千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第28章 パトモス島
第6話 海鳴
謁見を終え、ヤオは部屋を出た。城のエントランスホールでは、アミュテュスが、メイのために来島していた側仕えの者たちと談話していた。ヤオは、遠慮して先に帰るべきか、楽師を待つべきか迷い、ふらふらとホールの中央階段を降りた。アミュテュスは青年を見つけると、話を切り上げて近づいてきた。よそゆき姿だったので、一人で帰りたくなかったのである。側仕えたちは二人を見て色めき立つ。ヤオは居心地が悪かった。パトモス・ハウスを出、街に向かう石段にさしかかった。
アミュテュスが立ち止まって、ヤオの後ろになった。よそゆきの踵の細い靴を脱いで、裸足になろうとしていた。
「持とうか。どっちか」
ヤオは、ギターか靴のどちらかを引き受けようとした。アミュテュスは地面に靴を置いて、ギターを構えた。
{フェリックス様方には、どこまでをお話ししたの}
「どこまでっていうのは」
{あなたが見たものを。私と。イツダテ城で}
目は強くヤオを見ていた。父親から引き継いだまなざしだとわかっていても、やっぱりしり込みしてしまう。
「僕が見たものは、全て、お話ししたよ」
{私が、吐いたり暴れたりしたことも?}
「君が周りの奴らを、黄色い胃液で溶かして暴れ回ったとは、言ってないよ。ショックを受けてたとしか」
アミュテュスはその時のことをはっきり覚えていなかったので、ヤオが冗談を言ったかどうかわからず、楽師にあるまじき気弱さで目を泳がせた。ヤオはいたたまれなくなってそばの石塀に浅く腰を掛けた。
{ダプネーのことは、どうお伝えしたの}
「見て、思ったとおりのことをお伝えしたよ。でも、もう二度と、誰に言いたいとも思ってないよ」
アミュテュスは、幅が広く段差の低い石段を降り始めた。高い靴を脱いだ後では裾を引きずった。婦人が置きっぱなしにした靴を、ヤオが拾い上げた。職人の手を余計に無骨に見せる、華奢な軽い靴だった。
「君は、子供が死んでいると、思っていたんだね」
アミュテュスは黙したまま進みそうになったが、やはり立ち止まって奏でた。
{死んだと、思ってなかった。綺麗なところにいると、信じていたのよ}
「ロー・ジが君を、欺いてたってことか」
楽師は夫を憎んでいたが、かつては一つになろうと努めていただけに、他人の口が夫を貶めると、信じよう、許そうと思っていた真心までがとことん愚かに感じ、苦しかった。裾が気になるのと、惨めさのために下を向いてぎこちなく歩きはじめた。ヤオは歩調を合わせて続いた。
「でも、どうしてそんなことができたの。彼も、城に出入りしてたんだろ。彼の周りの奴らも……サリーも……」
──裸足だと案外、小石が痛いわ。
「彼らはよっぽどの恥知らず……いてっ」
アミュテュスはヤオの足元を蹴った。ヤオは口の悪いオルククにすら手を上げられたことがなかったし、意中の女性に痛めつけられる衝撃に身慄いした。アミュテュスは裸足だったので、自らの足のために加減して、ぽんぽんと彼の靴を蹴り続けた。
「え? 何? 欲しい? 僕の靴を履きたい?」
アミュテュスはヤオの生暖かいサンダルを奪って履き、ギターも持たせ、裸足で道を歩かせた。ヤオは婦人が長い裾を纏めて持ち、不釣り合いに大きく鉾だらけのサンダルを引っかけて、もう一言もしゃべらないときめて歩く後ろ姿を眺めた。
つづく






