千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第25章 イツダテ城
第4話 裏口
下水処理施設を囲む塀は、高く、細く、古く、脆くなっていた。ひびがそこらじゅうに入っていて、足をかけたら崩れそうであった。彼らが渡ろうとする塀の横はイツダテ城の城壁がそびえていたが、手の届かない距離にあり、塀との間には、深い生垣が植えてあり、落ちたら最後、身体中に枝が突き刺さるはずだった。片方は下水処理場の敷地で、同じような生垣があり、それより内側が芝生で、その向こうに管理棟があった。塀の幅は、靴の幅ほどしかなかった。
──私、こんなところを、どうやって渡っていたの?
彼女が立ちすくむので、ヤオが言った。
「僕が、一人で行って、様子を見てこようか」
アミュテュスは、一歩踏み出したところの、亀裂の入った塀を、つま先で押してみたり、塀が傾いてないかをしばらく確かめた。
「見た目よりは、大丈夫そうだ」
ヤオはひょいと進み出た。地面を歩くのと変わらないように渡っていき、中間まで来ると振り返った。アミュテュスも意を決して踏み出した。二歩目で塀がぐらついた気がして、しゃがみこみ、手をついた。
──あらら、どうしましょう。立てる気がしないわ。
「どうせなら、尻をついて、進んできたら」
アミュテュスは言われたとおり、塀に跨って、尻と手で少しずつ進んだ。その進行がまったく遅々としているので、ヤオは吹き出さずにいられなかった。
「大人の、尻は重いからな」
青年は管理棟を向いて塀に座って、彼女の進行に合わせて少しずつ横にずれた。アミュテュスはここしばらくの刷り込みによって、ヤオを見ていると空腹が気になった。デーツ二個で足りるはずがないのだ。
──いいわ。あそこに行けばパンケーキか何かがあると思ってがんばるのよ。
大人二人が塀の上でもたもたしている気配に、とうとう下水処理施設の職員が裏庭を覗きにやってきた。
「ぬぁーにやってんだ、君らぁ」
男女は高い塀の上で凍りついた。職員は、声こそ大きかったが、塀に乗っかっている若者たちが、見たところ悪そうでなく、事態のめずらしさの方に興味を惹かれた。レモン色の服でショルダーバッグをたすき掛けして、塀の五分の一も進めていないアミュテュスをまじまじ見た。
「あんたぁあ、イッダテじょの、メー様んとこの、アミテュッさんじゃないの」
──高いところから、すみません。
「デエトか? あんたん、だんなさんと、ちげえ人じゃねえの! ってぇ!」
職員は「ってぇ!」の部分でにやつきながらアミュテュスをはたくように手を動かした。
──いえ、もう、かれこれ十年以上、夫婦の関係がございません。
「城攻めです」ヤオが言った。
「遊んでばっかで、おん出されたんか」
「家の鍵を無くしてしまいまして」
職員はアミュテュスと顔見知りで、ヤオも極めて一般的な青年で、暇を持て余していたので、二人の冒険の片棒を担いでもいいと考えた。意味もなく周りをうかがい、二人が近づけもしないのにちょいちょい、と手招きし、唇の前に指を当てて言った。
「これあ、なンしょ、だぞ」
職員は長い脚立を持ってきた。二人を塀の内側に下ろすと、下水処理管理棟の地下に案内した。地下は、天井が低い、だだっ広い空間があった。もっと汚くて臭いところを予想していたが、処理タンクと分離された空間であった。装置の作動音に負けない声の大きさで、職員が説明した。
「太陽光を利用してね、みんなさまの出した、し尿だとか、汚水だとかをね、ギャースに変えて、城内のお湯を沸かす、エネルギイにするの」
ヤオは、職員に何回も説明されるうちに、「ギャース」が「ガス」であることを理解した。
「みんなさまはお上品だからね、集まりが悪いんだね。だあから、ぬるいお湯しか作れんくって、足りない分は、集熱器でもおぎなってるってわけ」
職員は、イツダテ城では連綿とお湯の調整が悪いということを知っていて、アミュテュスに内輪の冗談を言ったのだった。アミュテュスは、彼が「し尿」やら「汚水」やらを繰り返すので、はらはらした。
一行が地階をずっと進んでいくと、鉄扉があり、「関係者以外 厳に立ち入りを禁ず」の札が打ち付けてあった。
「こんの先、イッダテじょ」
職員は扉をばんと叩いた。二人は飛び上がった。
「うちらでもね、お城の人の、許可がないと、入れないの」
急に真剣な顔になってアミュテュスを睨んだ。
「……で、入ってい?」
何を言われたのかわからず、きょとんとしたアミュテュスは、次にめいっぱい真剣な顔で頷く。
──はい、はい、はい、もちろん。
「はい、わかりました。じゃあね。お帰りなさいませ」
職員は扉を開き、「この色男!」というように、ヤオの背中をばんと叩いて、二人を送り出した。
つづく






