千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第23章 杯
第2話 弛緩
──行って、兄妹を救いなさい──
フェリックスは、行軍が進んでからも、召命の日に胸に注ぎ込んだ、君主の言葉を思い返していた。むしろ、一層、声は大きくなるようであった。
召命とは、イツダテが千年王国紀八八八年のヰェナダー巡礼を成就することを助け、飢饉を免れることであると解釈していた。シーダー社による妨害はそれとして、重要なのは【主】の御前で礼拝を守ることだと信じていた。だから、他のフェリツ王達が、イツダテ王たちの解放以上に、シーダー社ロー・ジとの対決に焦点を当てる程には、交渉が重要だと思い切ることができなかった。
当然、シーダー社の生物および化学兵器を軽く見ることはできない。現にフェリツ城内への賊の侵入を許し、そのために自分が一度儚し、演習林を焼くことにもなったのだから。
しかしそもそも、シーダー社は兵器を作っているのだろうか?
確かにダイモニゾマイ──頭に機器を埋め込まれ、凶暴化した改造人間──は襲撃に使われた。一体はアミュテュスを殺そうとし、もう一体は演習林を蹂躙した。アミュテュスの場合は、シーダー社の男が、サリーについて口から出まかせを吹き込んだのを、口封じするためだろう。サリーがシーダー社を裏切ろうとしていたなら、アミュテュスがサリーに協力していた、と奴らは考えたかもしれない。
二体目は目的が全くわからない。犯行声明も出ていないのだから、ただおもちゃのように、でたらめに歩かせていただけに感じる。菌も、機械も、奴らでさえ、満足に使いこなせていないのだ。
シーダー社はまだ確固たる軍事力を持つ前か、軍事力ではなく、別の目的があり、その過程の一側面を見せられているだけなのではないだろうか。彼らの目的が破壊的な場合……もう十分に危険な状態ではあるのだし、芽を摘み取っておく必要は確かにある。それは間違いないが、問題を大きく見積りすぎて、本当に考えるべき、イツダテの礼拝を守らせることを、諦めてしまってもいいのか。
──王達は、栄化体であるとはいえ、肉のからだを有している以上、この世界の理〔ことわり〕から完全に自由になることはできない。自慢じゃないが、考えられるなかで最速に移動できる手段は、菌魂転送をおいて他にない。イツダテの王達が、転送術を使うなんて、まず聞いたことがない、が、実際はどうなのだろうか。
「──君はどう思う、フェリ」
横から不意に声をかけられ、フェリックスは我に帰った。
「え?」
「今日夕方には雨が上がりそうだ。臥中車を走らせて、遅れを取り戻したほうがいいものか」
「旅程は余裕を見てるから、今日一日休んでも巻き返せると思うけど、この先も天気が崩れると、ね」サバが茶を啜った。
その日は昼に近づくにつれて天気が崩れ、空は暗い雲がずっしりと折り重なり、ポンパドーターが遅くなった。一般車両に挟まって渋滞してしまうのを避け、早めにポンパドーター調整所に逸れ、天幕を張り終わる頃には雨になった。天気を待ちながら昼食時間となった。時間ができたので、王達は長々と移動の配分について話し合った。
その間、気配を無にして楽を奏で続けたアミュテュスは、王たちの食事が終わる頃には一人で食事を取ることになった。キッチントレーラーでは、昼食の皿洗いを終えたヤオが、皿を拭きながら楽師を待っていて、一人分取り分けておいたスープを小さな鍋で温め直した。アミュテュスは演奏中に耳に入ってきた王達の会話を反芻させてぼんやりとしていた。
食事中は楽器を持てないのでもちろん黙っているのだが、ヤオは婦人に付いているうちに、だんだんと気分を読み取ることができるようになっていた。今日は内面に籠っているようであった。
雨で午後の移動がなくなったので、隊の者達はこれまでの移動の疲れを感じて皆気だるそうにし、昼寝をする者もいて、全体がひっそりとしていた。
そこへ、雨垂れの音と思われるほど控えめに、キッチンカーの後部扉を叩く者があった。アミュテュスが戸口を見たが、立ち上がる気配はなく、ヤオが出た。楽そうな旅装をしたフェリックスであった。
つづく






