
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第23章 杯
第1話 行軍
フェリツから出動した王軍十二名のうち、フェリックス、ツユリ、サバの三人は、シーダー社との交渉団として、十月二日の朝に出発した。
移動が始まってしまうと、毎日、寝る時、食べる時、休憩時間を除いては、延々と車を走らせた。三人の王たちがそれぞれ乗るポンパドータートレーラーハウスの他、キッチントレーラーや医療車、従者たちも連なり、数百人の集団が、十二日のシーダー社ロー・ジとの交渉まで、共同生活を行うのである。
王達にはそれぞれ側仕えがおり、食事係がおり、衣装管理、身辺警護など様々な従者がいたが、音楽係はいなかった。アミュテュスは当然のように、三王の休憩や食事の際にはそっと座を占めて、彼らのために雅な楽を奏でた。
王達は、フェリツ城では礼拝の時に賛美したり、宴会の時に楽団を招いたり、居室で音源を楽しむ程度であり、行軍が味気ないものと覚悟していたので、生演奏つきの生活にはじめこそ面食らった。楽師の腕は確かで、朝、昼、臥と時刻に相応しい曲に切り替え、女性的にも男性的にも曲調を変えられ、フェリツ国歌はもちろんのこと、全人類の流行歌まで、フェリックスの気まぐれな要望にも、一度として応えられないことがなかった。
日が経つごとにフェリツ城の人々は、この類稀な楽師の実力を信頼した。彼女が背景音楽に徹する時には、音楽が流れていることを忘れるほどであったが、楽が流れていないと、歓談がよそよそしくなるほどであった。
アミュテュスは王達が食事をとるときは傍らで演奏し、食事が済むと、給仕達と共に食事をした。メイ女王の元、ほとんど王女然として生活してきたので、音楽に秀でた以外は仕事ができず、労働について気が利かなかった。
初めの食事の時間のこと。アミュテュスが王達への演奏を終えて、昼食用に建てられた天幕の下のテーブルに着くと、しばらく何もせずに座っていた。そのうち皿が出てくるだろうと思っていたのである。周りの者たちは、めいめい配膳をしていたので、この楽師は儀礼として食卓には着くけれど、食欲というものさえ、音楽の奇才と同様、人とは異なるのだろうと考え、座るままにしていた。ウィスターはいち早く食事を終えて午睡をしていた。
アミュテュスはだんだんとおかしいな、と感じてきた。食事がいくら待っても来ないので、もしやこれは、世にいう「自己給仕〔セルフサービス〕」というものかしら……の「ら」まで頭にのぼる前に、ヤオがたちどころに食事を取り分け、カトラリーや水まで並べてあげたので、周りはえっと思いつつも、なりゆきを見守った。アミュテュスは視線だけでヤオに礼をすると、何食わぬ顔で食事を始めた。
ヤオは彼女のそばで、視界に入らないところにそっと控えて食後の茶まで淹れてあげたので、アミュテュスは、無理を言って入隊したヤオが、給仕を任せられて、下積みは大変ね、くらいにしか思わないで、食事を済ませた。食後、ヤオは彼女の皿を下げた。
彼が以降の食事で必ずそれらのことをするので、人々もやがて慣れた。庭師としての彼を知らない人々には、ヤオがもともとアミュテュスの従者なのだろうと思う者さえいた。ヤオはこうして、半ば強引に、恋焦がれる高貴な女性の側に、日に必ず三度、近づくことができたので幸せであった。
アミュテュスはどんな料理が出ても、皿をもう洗う必要がないのではというほど、パンでつるつるに拭い去って食べ終えた。ヤオは、食事の癖が彼女と似ていたので、なお愛おしく感じた。いっそう皿をつるつるに綺麗に食べようと励んだ。あるとき、皿洗いの時に偶然、彼女の皿と彼の皿が並んで置かれているのを、アミュテュスが目に留め、しばし見ていた。ヤオはどきどきしながら後片付けをした。
調理担当は、まかない料理を皿をつるつるにしてまでたいらげてくれる者たちがいると知り、機嫌を良くして腕によりをかけた。料理はもっと美味くなった。旅が進む頃には、皿をつるつるに食べ終えることが、従者達に流行した。
つづく






