千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第20章 イツダテの王は誇り高い
第4話 諦念
王たちは楽師の異変に立ち上がった。
ツユリが女性に駆け寄り、フェリックスは廊下の扉を開き、方向を定めずに叫ぶ。
「ウィスター!」
アミュテュスが脂汗をかいてがくがく震えるうちに、防護服を脱いだウィスターがやってきた。アミュテュスが床にくずおれているのを見るなり、医師はまず王たちにきつい視線で投げた。二人は、確かに、アミュテュスのギター喋りを前に、こころが必要以上に浮き立っていたのでばつが悪くなった。
「いや、尋問をしたつもりは」
フェリックスが言った。
「尋問!」
ウィスターは、尋問なんてさせてたまるかと声を強くした。
アミュテュスは、ヰェナダーに辿り着けば保護者に会うことができる、何もかも解決すると信じていたので、いよいよ方向感覚がなくなった。できることならば泣き喚きたかった。この場にいたのがウィスターだけならばそうしただろう。しかし、権力者二人を前にしてぎりぎりの品性が働いた。
「アミュテュス、君を、怖がらせるつもりはなかった」
ツユリは仮にも尋問だと思われていたなら申し訳ない、と大袈裟なほど丁重に詫びた。
アミュテュスは感情の臨界点を超え、虚脱ついでにフェリツへの偏見や遺恨までもが焼き消えたので、だんだんと物事がはっきりと見えてきた。目の前の王たちは、本当にイツダテに関する何かをどうにかしたくて情報を集め、その一環で楽師と話をしているのであって、陰謀なんて毛ほども考えていないだろう。
室内が慌ただしくなったので、静かに外からの扉を開き、様子を伺っていたヤオは、アミュテュスが怯えていて、周りの人々も動揺している今を好機と見た。音もなく部屋に入り、台所下の棚からやかんを出し、水を入れて熱源にかけた。こんな状況ならば誰だって茶がいるだろう、丁寧に煮出された茶が。茶を用意する流れで話が耳に入ってしまったことにして、堂々と居座ろう。
アミュテュスをソファに座らせ、フェリックスもその隣に座った。
「アミュテュス、我々は、【主】にあって一つだ」
アミュテュスはまだ当惑の余韻で、フェリックスに容赦ない視線を浴びせた。フェリックスは【主】と口にした時に、楽師の瞳の奥に走った光を見逃さなかった。彼女には恐れがある。希望を期待するが故の畏れが。ツユリも、二人の近くにスツールを持ってきて座り、厳粛に言った。
「アミュテュス、あなたの国について、フェリックスに千年王国君主からの召命が下った。このままでは、イツダテは今年のヰェナダー巡礼を成就できないかもしれないのだ。イツダテに何が起こっているのかを、知らなければならない」
千年王国君主、召命、巡礼の不成就と聞いて、アミュテュスはみるみる青ざめた。もういっそ気絶してしまいたい。フェリックスは言葉に励ましを込めた。
「イツダテは自立した国家だが、同時に、我々の君主の御体の一部なのだ。イツダテが病めば、我々も完全たり得ない。イツダテを治さなければならない」
アミュテュスは震える手でギターをしっかりと抱いた。
{私は、聞きました}
ウィスターとヤオは、ウクレレが喋るので顔を見合わせた。フェリックスとツユリは、すでにアミュテュスの力に魅入られており、ある種の集中力が生まれていた。
──天才は、こうやって場を支配していくのか。
ヤオは人々の輪の外にいるので、楽師が作り出す小さな竜巻に、飲まれていく人々を眺めることができた。先ほど絡め取られた炎を、今度は観察しているのだった。
{サリーが、イツダテから機密を持ち出したと……イツダテの王達に知れれば、彼女が殺されるかもしれない、重大な物です。サリーは、フェリツのスパイなのだと……それがフェリツに渡れば、戦争だって起こりうると……}
フェリックスが大袈裟に顔を歪めた。
「スパイ! ツユリ、いつからそんな……手の込んだごっこ遊びをするほど、王達は暇なのか!」
ツユリ王も、思ってもいない方向から話が差し出され、困惑を隠せない。
「いやあ……、少なくとも、サリーは、うちの外交官でもなんでもないな」
「それに、機密とは、サリーの持ち物の中では……確かに、頭に埋め込まれていた機器の技術力には驚いたが、あんな『こより』みたいな導火線じゃあ、大砲は打てんぞ」
「冗談でも、物騒なことを口にするな、フェリックス。しかしどうして、あの機器を私たちが持っていたところで、どうすることもできない。イツダテ王達にしても、なぜそんななものを隠し持って……いやそもそも、人体に機器を埋め込むという発想からして」
王達二人がみるみる狼狽するので、アミュテュスは急いで付け加えた。
{ですので、それも、聞いたのです}
「聞いた。知り合いからか」
フェリックスは愉快そうだった。
「知り合い。この事態には、また別の登場人物がいるのか」
ツユリは、調子に乗るとまたウィスターに叱られるので、態度には出さなかったが、だんだんと話が真に迫ってきたことに期待を持った。
アミュテュスは、千年王国君主の召命がフェリツ国のフェリックスに下っていると聞いて、もはや個人の思いでどうにかできる問題ではなくなっているのだと悟った。場合によっては、イツダテは取り潰しか、フェリツの属州扱いになってしまうかもしれない。
確かに、この数ヶ月、いや、何十年のうちに降り積もった、個人的な憂いがある。私憤がないといえば嘘になる。しかしこの場でイツダテについて証言できるのは一人しかいない。発言を誤れば、フェリツ王達の方向性を誤らせることになりはしないだろうか。
──私は、自尊心を軽んじていたわけでもない。でも、自分ばかりが苦しいと思いたいわけでもない。
アミュテュスはこころをがんじがらめにしている何重にもなった苦しみを、もはや自らの手では解けないと思った。そして、諦めた。
つづく






