千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第20章 イツダテの王は誇り高い
第3話 判明
その一節は、「象の鼻は長い」と言うような慣用句を思わせたので、楽師が超常的な方法で話し始めたのを、何が起こっているのか、すぐには掴めなかった。ツユリも、フェリックスも、まれに音楽が語句に空耳を起こす、あれに似たような現象なのかと、耳をそばだてた。
{私は三ヶ月ほど、お目通りしておりません}
王たちはなお、声が聞こえてくるウクレレをじっとみた。アミュテュスは宙を見上げて、数え直した。
{四ヶ月かもしれません。今年の六月からなので}
「それは普通のことなのか?」
ツユリの声は、王に珍しく震えていた。フェリックスはいよいよ愉快そうで、すかさず言った。
「王への謁見が、数ヶ月叶わない事が? それともこの、楽器が喋っているように聴こえるという、イリュージョンのことか?」
「いや、両方知りたいんだけど、まずは先のほうだ。二十四人も王がいて、誰にも会わないなんて不可能じゃないか? 君みたいにしょっちゅう出歩いてて、それで会えない、ってことはまあ、ありえるけど」
「どうやって過ごそうが、我々の自由なんだがな」
「うん……王には王の、責任というものがある」
二人が掛け合っているあいだ、アミュテュスは考えていた。聞かれたことと、話すべきことを。
{少なくとも}
王たちはすぐに注目した。楽師が、というよりはウクレレが、話題をつなぐための言葉さえ再現してみせたのだ。俄然面白くなってきた。
{メイ様とは毎週──毎日と言っていいほど、お会いしていました。私は、殿下の音楽係ですから}
「ああ、そうか」
ツユリは深く納得した。メイ女王と楽師の繋がりと、王のいのちの時間を以ってしても稀に見る超絶技巧についての疑問が、同時に解き明かされたので。
{でも、メイ様がヰェナダー巡礼に出られたので、今はどの王ともお会いしておりません}
──それは、イツダテ城の大改修のせいでもあるのだけど。城の改修なんて、この面々をして珍しいことではないだろうし、改修工事くらいで呼ばれなくなるような、取るに足りない楽師なのだ。楽師なんて、初めからその程度の存在なのだろうけど……。
アミュテュスはほんのわずかの間、自尊心を高くしたり低くしたりして内面に思い巡らすうちに、王たちを置いてけぼりにした気がして、つとめて背筋を伸ばした。はたして、二人は顔を見合わせていた。
「メイ女王は旅立った? ヰェナダーに?」
フェリックスが尋ねた
{メイ女王と……他にどれだけ同行がいたかは存じません}
ツユリは慎重に問う。
「いつのことかはわかるか?」
{七月に入って、すぐのことだったかと}
フェリックスは情報をまとめていたはずのツユリを見た。ツユリは確かな情報源をあたったはずで、穴はなかったはずだと思い返した。
「出立はしている……? しかし、アミュテュス、私たちが調べた限り、女王たちは、どの国も通過していない。イツダテ国境を跨いでもいない。船を使ったという記録もない。でも、出国はされたのか?」
ツユリの物腰がごく謙虚だったこともあり、アミュテュスは、フェリツの収集力がおざなりなのではないのか、と侮っていた。だから、知っていることにも限界があると打ち明けるのは容易かった。
{実を言うと、私もご出発をお見送りできませんでした。ある日、すでに出発した、と聞かされたのです}
「聞かされた」
フェリックスが繰り返した。
──そう、聞かされた……。
アミュテュスは胸に留めていたことが言葉になって、すんなり受け入れていたことが引っ掛かり始めた。
{知り合い、から}
「……知り合い」
フェリックスとツユリは言葉を合わせた。知り合いとは? という意味を込めて。アミュテュスも、「知り合い」にあたる人間について、それがまさに誰を指すのかを手繰り寄せ始めた。
──そう言っていた。知り合い。シーダー社の、技師、マナビが。
シーダー社の者たちは、イツダテ城に覆いをかけ、私たちを追い出した……彼らから、メイ女王たちが突然巡礼に旅立ったと聞かされた……彼らから、フェリツ国がイツダテの機密を求めていると、それによって戦争が起こる可能性があると聞かされた……でも、フェリツ王たちによると、旅立ったはずのメイ様は、ご出発されてもいない……?
アミュテュスは突如、バルコニーで見たものの意味を悟った。騎士は、技師だった。あの動き、あの首の筋肉の動き。駝鳥に語りかける時の仕草。ヘルメットをかぶっていたって、「知り合い」を、間違えるはずがない。
──技師は、騎士は、マナビは、私を殺せと言った。そして、メイ様も、誰も、巡礼に出ていない……三ヶ月、四ヶ月、時間があった。どういうことになっているの?
アミュテュスは呼吸が乱れ、萎れるように顔が暗くなり、痛みに耐えるように床に崩れ、右手でウクレレを抱きしめ、左手はテーブルにしがみついた。床が歪み、地面に飲み込まれそうだ。
つづく






