
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第12章 菌魂転送
第1話 疎通
捕えられた女は、ウィスターと共にフェリツ城の客間に通された。衣服を脱ぐように言われ、浴室で湯を与えられた。
下着も何もかも持っていかれ、タオルもない。浴槽に浸かり、手で汗と汚れを落とした。このあいだに衣服は検分されているだろう。しかし無駄なことだ。潔いほど、何も持っていないのだから。
女は、浴槽から出て、濡れたまま、ウィスターのそばにあるタオルを取るために近づこうとした。
「そのまま」
ウィスターが制した。立っている姿をじっと見つめてくる。女は胸の前だけを隠した。
「口を開けて」
口を開けた。ウィスターが舌に金属のへらをあてて覗き込んできた。
「後ろを向いて」
言われるままにした。物語で聞くように、囚人のように尻の穴まで見せろと言われるかもしれない。湯で温まったところで、すぐに足先まで冷たくなった。しかしまもなく、肩を柔らかいもので包まれた。バスタオルだった。着るもの一式を渡され、着替えると、客間の小さなテーブルの前に座らされた。
「暴れたら、危ないからね」
ウィスターが言った。
二人の女従者に押さえつけられるままに、わずかだが血を取られた。見ず知らずの異国人から注射針を刺される恐怖に、止められないほど震えをおこし、涙が出た。怯え切って、手で涙を拭うが、止められなかった。
ウィスターはつとめて淡々と一連の処置を行なったが、拷問をしているような、胸の悪さを覚えた。
──午後と深臥に泣いてる人を見て、死体からは機械が出てきて。なんて日だろう。
医師は血液を試薬に入れ、反応を待ちながら、茶を持ってこさせた。
──あの狂王、私にこんなことをさせて、逮捕は絶対撤回してもらわなくちゃ。
もう痛いことはないよ、と言ってあげたかったが、城の者たちが、囚われ人をどう扱うかわからない。
「怖かったよね。でも、検査はもう終わったから」
ただの雇われで、個人的な敵ではないことを示すため、ごく柔らかい調子で言った。女性をソファに座らせ、ハンカチを渡し、ブランケットを膝に掛けてあげた。
「私は、研究医なの。ウィスターよ。あなたの名前は?」
女は一度瞬きをしただけだった。視線は強い。
「喋らないのが、掟なの? しゃべると、罰があるとか」
次は、ちょっと眉をしかめた。
「声、綺麗そうだけど」
今度は、少し呆れたように鼻から息を吐いた。
「う〜ん。喋らないんじゃなくて、声がないのね」
女は吐き出した息を短く吸った。わずかに安堵したように表情が柔らかくなる。ウィスターは、目ざとく見てとって、女性の頬に触れた。
「目と、目で、通じ合う」
医者はにやりとした。
女は思わず何度も瞬きをした。医師とはさほど年齢差はないと思っていたが、実際はとんでもなく長く生きていて、多くの人を見てきたのだろう。表情を読み取ることよりも、気に入った相手には、誰が何と言おうと懐を開いて悪いことがあるの? という態度によって。手の当て方も、医師というのもあって、どこか触診のように職業的な安心感を覚えるもので、不快ではなかった。
ウィスターが部屋を去ると、出入り口に侍女ピサンが、バルコニーのある窓際に侍女ザプラが座り、女を見張った。投げつけられそうな花瓶などの調度品は注意深く取り去られ、その分さっぱりとしていたが、宮殿の客間であることにはかわりなかった。
清潔で、壁紙も、寝台も、カーテンも、華やかだった。全体が草色と白でまとめられている。カーテンのタッセルや、ベッドのフリンジには、金色があしらわれていた。家具に使われている木の木目もきめ細かく、硬く締まっていた。
ピサンとザプラは、フェリックスから女が誰なのか詳しく聞いておらず、部屋で医者とのやりとりを見ていたのもあり、親切であった。ウィスターがふりまいて行った丁重さと分け隔てなさの残り香のため、さらには女が振る舞いにおいて非の打ち所のない貴婦人であったため、加えて深臥〔しんが〕に叩き起こされて侍女らも被害をこうむっていただけに、三人には、どこか運命共同体になったような、一体感すら醸されはじめた。
スープとパンの軽い食事が終わる頃には、再び体が温まり、緊張がとけてきた。
窓辺に寄ると、ザプラは少し注意を向けてきたが、ただ遠くを眺めているのだと判断したようだ。大きな窓の外はバルコニーであり、裏庭はまばらに木が生えた森が広がり、城壁の先に広々した農地があり、さらに遠くは霧に霞んでいた。
眼下の庭園の入り口に、ウィスターの姿を見つけた。なぜあんなところに。さらによく見ると、あの恐ろしい王、フェリックスと、青年の姿もあった。三人は、木々の間を歩いて行く。
つづく






