千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第11章 フェリツ城
第8話 短慮
紙の束を受け取るフェリックスの手が震えた。
眠い目をこすって、まずは手紙の封筒を見た。転送用の宛名が貼り直され、届け先はイツダテ、シーダー社のサリーに宛ててあった。おそらく、転送者は、この女性の細かい住所までは特定できず、勤め先はわかっていたとか、そういう事情だろう。
次にクレデンシャルを開き、入国と出国のスタンプをたどった。最近の記録では、出発地がイツダテとなっていた。
「間違いない。彼女はイツダテから来たんだ」
フェリックスは一度目を閉じ、安堵の息をもらした。
さらに、その前のスタンプは、押されたのが三十年以上前だった。出国地は、西の果てのエッケブレとなっていた。
クレデンシャルの始まり、つまりサリーの旅が始まったのは、フェリツとなっていた。ちょうど五十年前だ。このクレデンシャルは、今年で有効期限が切れるのだ。
「君の妹は、エッケブレに行くと言って、君の村を、演習林を出た」
「そうです。最終的には、エッケブレの、カーサブランコの僧房に到着したんです」
「カーサブランコの」
枯れ骨の谷……か。フェリックスの頭に、弱い光が灯った。しかし今は、これまでの話を整理することを優先した。
「そこから……だいたい十五年くらいして、イツダテに移住した」
フェリックスはクレデンシャルの年数をざっと計算した。
「それは、知らなかった」
青年はちょっと寂しそうに瞳の色を深くした。
「以来、三十年以上、イツダテで暮らしていた。そして、故郷に戻ってきた」
東から西へ、西から南へ、そして北東へ。
「大陸大移動ね。冒険家だったの?」
ウィスターは、頭の中に、弓大陸本土を跨ぐ大三角形を描いた。
「わからないけど。あんまり驚かない。エネルギーを持て余すタイプだったから」
青年はウィスターから妹を「冒険家」と言われたことに納得したのか、ふたたび声を明るくした。
フェリックスはぱらぱらと手帳を眺め、ヤオが妹に宛てた手紙に目を通した。一人の人の生きた記録は重く、熱と湿度がまだとどまっているようで、しかしそれらは今や薄い紙だけで語り、持ち主は死に捕らわれ、この世から去ってしまった。無条件にこころがざわめく。
──見たところ、サリーは人並み以上の行動力を発揮することがあったにせよ、最終的には、イツダテの、会社勤めの一般人だったようだ。護教活動に精を出していたようでもない。生い立ちだけで、なにというわけでも無さそうだが。残るはあの機器か。
フェリックスは、矛先をウィスターに向けた。
「ウィスター、サリーは、無理矢理に機器を埋め込まれたと思うか? なにか、奴隷とか、囚人の立場というような。病人、だったかもしれないが」
「それはない」
ウィスターとヤオが声を揃えた。
ヤオがそう言ったのは、希望も含んでいた。病人や囚人や奴隷が、手紙に応えて帰ってきたりするだろうか。
フェリックスは、大袈裟に言ってしまったのですまないなと思いつつ、引き続きウィスターを見て言った。
「そう思う、理由は?」
「暴行とか、拘束の跡がなかったですし、オイてはいましたが、おそらく栄養状態は、普通の幼子より良かったと思います。肌も、髪も、わりとお金をかけて手入れしていたでしょう。痩せていたのは、体質ですね。お兄ちゃんみたいに」
二人が視線を集中させたので、ヤオは目を泳がせた拍子に、何かを思い出したように、ポケットの中に手を突っ込んだ。ネックレスを取り出し、フェリックスに差し出した。ウィスターは頷いた。
「そうね。こういうのが、持てる人だったのよね」
「純金か」
フェリックスはネックレスにかかった小さなインゴットの深い色と、感触を確かめた。ひっくり返すと、純金を示す印章があった。
「むしろ、彼女は富裕層か、それなりにお金のある生活をしてたんじゃないかって、思います。晩年は」
「晩年」という言葉に、青年は釈然としない表情になりつつ、「富裕層?」とまるで生まれて初めて口にしたかのように、おぼつかなくつぶやいた。
「仮説が多いな」
フェリックスは、ネックレスをヤオに返した。これ見よがしに純金をぶら下げることが、豊かさと言えるか疑わしい。しかしそんなことはどうでもいい。装いの好みのことなど。自分だって、通行証がわりに王服を着たきりにしてるんだから。
「うーん、あとわかることがあるなら、サリーさんはフェリツまで、かなり急いで、短期集中的に、移動をしてきたんだと思います。股の下の皮膚の状態で。あと、手術は、傷跡と、髪の剃り跡から見て、二、三ヶ月前に行ったと思います。さっき、暮らし向きについて言いましたが、この数ヶ月は、ちょっと、荒れてたような気がするんです。まあこれも、予測ですけど」
「荒れたのは、手術のせいかな」フェリックスは言った。
「こんな手術をしたんですから、影響がないわけないでしょうけど。でも、脳は、オイだったとはいえ、健康な人とそう変わりないものでした。病気というよりは、急激にストレスがかかったとか、そういうかんじだったんじゃないかと。でもやっぱり、機械との関連性はわかりません」
「脳に機械を埋め込むなんて、どう考えてもおかしいがなあ。イツダテ独自の美容法なのかもしれないからなあ」
とはいえ、もしあれだけの精密機器を、望んで埋め込んだというのなら。それだけの知識と技術を持った者か、あるいは組織は、イツダテの中でもそう多くは無いはずだ。サリーは少なくとも、行動範囲のどこかでは、イツダテの根の深いところに触れていた可能性があるのだ。事実、機器を持ち出そうとした女がいるのだから。もう少し、謎めいた、狂人か、情熱家の足跡を、辿ってみてもいいかもしれない。少しでも手掛かりのあるうちは。
「君たち」
フェリックスは残りわずかになってきた気力をふたたび奮い立たせた。ウィスターと話し込む間、気配を消して、次の柱に狙いを定めていた青年を見た。森育ちの、掴みどころのない青年。その、謎の多い妹。
「面白いものを見せてやるから、もう少し、私に付き合ってくれたまえ」
フェリックスは疲れ果てていた。頭も背中も痛かった。着替えたかったし風呂にも入りたかった。けれども、新しい道が開けると、今すぐちょっとでも先が見たくなる。自分で自分の止め方がわからなくなるのが、フェリックスという男だった。
第11章 フェリツ城 終わり。第12章につづく






