千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第11章 フェリツ城
第7話 手掛
王と医師、どちらも黙りこくってホールに戻った。出していた茶と菓子、クッションのへこみを残して、フェリックスの次の目当てとする、珍客はいなくなっていた。
そう離れてない場所で、警備の男が、上を仰いでにやにやしていた。フェリックスも視線を上にして近づいた。
「何かあるのか? リスか?」
「殿下!」
警備員は途端に気まずそうにした。まごまごと天井を見て、厳しい声を出す。
「おい、降りろ!」
太く高い柱の天辺部分、木の枝のように分かれた梁の隙間から、ひょっこりと人の顔がのぞいた。ヤオだった。表情がわからないほど、高遠い場所だった。
「どうやって登ったの? いのち知らずねえ!」
ウィスターは頬に手を当て、悲鳴にも似た声を出した。
柱や壁には、足場も何もない。ただ、柱身に溝彫りがあり、中腹に向かってわずかに緩く膨らみをもたせてあるばかりだった。
「降りておいで」
フェリックスは、ホールに音がよく響くことを知っていたので、さほどの声量も出さずに呼んだ。
ヤオは太い柱に虫のように張り付いて、ひょいひょいと降り始める。ウィスターが縮み上がる。
「うわぁ。見てらんない」
「ヤオ君、早速で悪いが、君の妹について、聞きたいことがある」
フェリックスは、青年が地面に着くよりも早く、質問を始めた。
「なんでしょう」
ヤオは柱の上下など造作もないような顔で着地した。
「単刀直入に聞くが、君の妹は、イツダテに住んでいたんだよな?」
「違いますよ」
ヤオは、屈託ない表情を崩すことなく言った。
フェリックスは片手で目を覆った。
──なんだ? 今まで全てのことは無駄骨か? あの老婦人は、人違いか? ここにいる男は、全くの部外者か? 私は、疲れすぎて何かを見落としたというのか?
「ちょっと待て……。君は、一昨日、うちの、農林管理局の、視察団に会ったよな?」
「そうです」
「農地の斜面を、村人を引き連れて、脇目も振らずに飛び跳ねて駆け降りてきた青年、というのは、君でいいんだよな? 妹と、涙の再会を果たしたという」
「そんなことも、ありましたね」
ヤオは懐かしさに眼差しをふんわりさせた。
「で、その妹はイツダテから来た、と言っていたんだよな?」
「そこは、知らないです」
──兄が知っていることは、これくらいか、仕方ない。明日、というか今日、もう一度委員の奴らをちゃんと聴取して、国境との情報と突き合わせるしかないか。私だって、いい加減休んだほうがいいんだろう……そういえば、妹の持ち物はどこにある? 演習林で保管されているのだろうか。
フェリックスが顎に手を当てて一日の情報のまとめに入る中、ヤオはえーっと、と言いながら、手提げから紙の束を引っ張り出した。一つは手紙で、封筒には切手がびっしりと貼り付けてあり、余白が無いほどだった。
「僕が西の岬に出した手紙は……イツダテに転送されてますね」
フェリクスは顔を上げた。
「ちょっと待て。それはなんだ」
「僕が、妹に出した、手紙です」
「そっちはなんだ」
フェリックスは古びた小さな手帳を指した。
「クレデンシャル、って言うらしいです」
「誰のクレデンシャルだ」
「護教団のです」
「そうじゃない。その、クレデンシャルの、持ち主は誰だ」
「サリーです」
フェリックスは、ヤオのテントウムシのように毒気のない顔をしげしげと見た。
「君は……協力的なのか、自己完結型なのか」
「よく言われます。木から落ちすぎて、脳の大事なところを、天使に持ってかれたのか? って」
「私が見てもいいか」
「はい」
つづく






