第8章 老い/第9話 朽果|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

 割れた卵の内側にいるような気分だ。緯度と経度の線だけ引かれて、地形の書かれていない地球儀の内側、と言ってもいいだろう。名残があるというだけで、子供の頃、ここに座った時の、これから始まる天体ショーを待ちわびる、わくわくした気持ちが強制的に蘇るものだ。

 割れた天井からのぞく空は相変わらず暗い。煙っているから余計に。でもあれは煙じゃない。虫だ。天候が狂って、暑すぎたり寒すぎたりするので、虫たちの繁殖も狂って、このごろはハエの大群が湧き続けて、もう何週間だろう。何ヶ月かもしれない。屋内にいたって、多少ましなくらいで、ハエを潰さないで一日過ごせた頃が懐かしい。

 壊れているとはいえ、プラネタリウムの球体の中にいると、包まれている気持ち、守られている気持ちになるから不思議だ。安心の底で、わざわざもう一度作り直した宇宙を眺め、生命と無限の神秘に手が届くかのような、でも結局は真実なんて、誰も何もわからないという、サスペンスに浸るのだ。

「おい、もう夜が来る。潜るぞ。暗くなる前に」

 仲間が、入り口から声をかけてくる。彼の頭上には、ライトが点いていないが、四角い、緑の、人が駆け出していこうとポーズをとったサインがある。非常口のサインだ。上映中は、星の輝きを助けるために消されてしまうあれだ。

 もう十分暗いんだが、人間というのは不思議なもので、十分な暗さにあっても慣れてきて、移り変わりを見分けられるようになる。ちょっとの明るさでも、今日はずいぶん眩しいな、と思うようになる。

 空がくれなずむにつれて、ドームの中も暗くなる。落ち着いたベージュ色の球体の遠近感が、いよいよ曖昧になる。中心部に歪な形の黒い投影機があるので、プラネタリウムの導入の、街の夕暮れの演出が、今にも始まりそうだ。

「おい、行くぞ」

 俺は聞き分けのない子供のように涙を流した。流石に駄々をこねて叫んだりはしなかったが。

 この世界ではもはや叫ぶ人はいない。叫んだら、いかに何もかもが壊れて狂っているか、もう一度確認することになってしまう。一人が叫び出すと、核融合のように、嘆きが全世界に広がってしまう。でも、地球は丸いから、嘆きは万国の悲壮感というお土産をたっぷり引っさげて戻って来る。もうどこにも逃げ場がないことを、思い知るだけなのだ。

 仰向けになっているので、目尻からシートまで、涙の流れる距離もわずかなものだ。あたりは薄暗いのだし、彼のところからでは、涙は見えないだろう。

 仲間はため息をついて、入り口の外に消えるか消えないかのときに、「あれはもうだめだ」と言った。独り言のつもりなんだろうが、ドームの反響のせいでよく聞こえた。

 この頃はあまりに人が死にすぎるので、みんな、ちょっと見ただけで、死相を見分けられるようになっていた。

 俺にではなく、最近さらに弱っていく、彼女のことを言われたのだと思った。

 事実、彼女は、俺の隣で、プラネタリウムの座席に仰向けになったまま、もうずっと、動かないのだ。

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