千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第8章 老い
村まではもうすぐ近くだったが、森林管理局員たちは、バスに子供らとマロニエ、そしてヤオを乗せてあげた。マイクロバスは再び田舎道をごとごと走り出した。子供達は滅多に乗らないバス型のポンパドーターに興奮して、深緑のモケットのさらさらした座席に膝立ちになって、外を眺めた。
「妹さんは、いつ村を出たんですか?」
ヤオの登場が絵に描いたように天真爛漫だったのと、そのあとのちょっとした会話で、物腰が柔らかいのに気安くなったフィロロゴは、それとなく、彼の妹という老女のことをさぐってみたかった。
「子供たちが生まれるよりも、ずっと前ですよ」
サリーは、ヤオにもたれ、バスと一緒に揺れていた。眠っていることはわかっていたが、ヤオはそれでも女性の年齢があからさまになる話題や、細かい年代を明かすことで、話が広がっていくことを避けた。青年の目は、先ほどまでの甘さが後ろに行き、涼しげになった。 視察員は小さく頷いた。
──見た目ほどには、若くないのだな……その肩で休む老女が、見た目ほどに年齢を重ねていないように。
兄とされる男が、あまりにあっさりと妹の風体を受け入れ、老女が気安く触れることを許すので、不安を覚えた。しかしこの国の通念に従って、演習林の者たちを尊敬してもいた。都会の住人のほうが神経質で迷信深くて、庭師たちが超人的である可能性を、捨てきれなかった。
「ヤオ、寝ちゃったね?」
長男のムクが、サリーを覗き込むようにした。フィロロゴはユニアに視線を送った。女性は仲間の不安を汲んだ。
「とても遠くから来たって言ってたわ。休ませてあげて」
ユニアは持ち物から飴を出して、子供たちの注意を逸らした。子供たちは、綺麗な包み紙の飴と、視察員たちの着ている、作業着であっても垢抜けた形の服装に興味を移した。ヤオとサリーはバスの中で孤立したように見えた。しかし移動は短いものだったので、気に留めることはなかった。
演習林の入り口に着くと、視察員たちはそそくさと車両を降りた。離れたところで額を寄せ合う。
「あれは『オイ』だと思うんだが」
フィロロゴは、つのる不安を早く分かち合いたかった。ニンパも同意した。
「そうよね。ヤオさんは、確かまだ『幼子』だったはずで、女性がヤオさんの妹なんだったら。でも、ヤオさんも、子供たちの母親も、気にならないのかしら?」
「村の者たちが、何を考えてるかはわからない。とにかく……」
彼らが話し合っているうちに、バスの方でも不穏な動きがあった。
「起きないの?」
「ああ、マロニエ、オルククを呼んできて」
マロニエがミズキと走り出し、森の中に入っていく。
ヤオが、バスの椅子を避けながら、サリーを抱えて降りて来て、芝生の上に寝かせた。サリーはぐったりとして動かない。痛みがあるのか、眉間に皺を寄せ、汗を滲ませている。
視察員達は、ことは早い方がいいと判断した。ユニアにサリーを見ててもらい、フィロロゴがヤオを呼んだ。
「ヤオさん、あの人は、オイている」
声の調子と短い言葉で、ヤオが察してくれるように願った。
「オイ? オイって言うのは?」
──見たまんま、あのありさまのことだよ……。
このお兄さんは、ほどほどに成熟しているようで、肝心なところで世間知らずなのだ。
しかし視察員たちも、呪わしいと言われている「オイ」が、この国ではほとんど見かけられないだけに、どれほどの力を持つのか、具体的にはわかっていなかった。
「なんだこりゃ! サリー? 本当にサリーか?」
駆けつけたオルククは、顔も手も、見える限りのところが皺だらけで、シミすらあるサリーをしげしげと眺めた。フィロロゴは、老女が倒れたことはそれとして、オイの呪いを理解しているらしき男性がやってきたことにほっとした。どうやら、村の若い世代は、オイを見たことがなく、理解もしていないのだ。男性を連れて来た母親も、きょとんとしているではないか。
ヤオはニンパに尋ねた。
「オイっていうのは、何かの病気なのか?」
「病気というよりは、呪いですね」
団長ニンパは性格もあって、きっぱりと答えた。
「の、呪い? オイは呪い?」
響きは十分に暗くありつつ、臭いがあるわけでも、黒い煙が立っているわけでもない。ヤオは今更、傷に触るように、サリーの白い頭に触れた。
──確かに、サリーには苦労と冒険の跡が伺える。くっきりと刻まれて、もはや取り返しがつかないんだろう。でも、故郷を出て生き抜いてきたんだから、これくらいの変化は、素知らぬ顔で受け入れるのが家族ってもんだろ? 違うのか?
状況を受け止めきれていないヤオに、フィロロゴはさらに言う。
「あの姿が彼女の栄光というのならまだしも、あなたは彼女の兄だ。あなたも彼女も幼子だろう」
「僕はもうちょっとで八八、サリーは、七十そこらかな」
ヤオは最後の抵抗で妹の歳を誤魔化したが、ああ、彼女もいい歳になったものだなぁ、などと頭の片隅で考えた。ヤオが状況に飲まれまいと意固地になっているので、フィロロゴはしびれを切らした。
「百歳に満たない。それなのに妹である彼女は肌に皺があり、シミがあり、髪が白く、関節が強張り、体は弱っている。弱っているのは、旅のせいかもしれないが」
あまりに身も蓋も無い言葉だった。
「オルクク、あなたは、樹木医ではなかったですか」
団長ニンパは、オルククにも面識があった。
「樹木医だ。樹木医だが、人間の医者でなくたって、これは……」
団長は、村の三人の大人たちに言いわたした。
「我々は、王宮と医師会に報告しなければいけません。オイが出たと。視察は、また後日にした方がいいでしょう。村民も、できるだけ限られた人数で、オイの手当てにあたった方がいいわ。子供達も近づけないで」
マロニエは訳がわからないという顔をしながら、子供達を集めた。
「雲が出て来たな。戻るなら、早い方がいい」
運転手シデが空を見上げた。樹冠の向こう、人々の真上と北東に、ばらばらとある太陽を、雲が出したり隠したりしながら流れていた。
森林管理局員らは、オルククとヤオに、サリーの壊れたポンパドータ―が農道沿いにあること、私物の残りもそこにあることを告げた。後日改めて聞き取りがあるかもしれないこと、医師会から医者を派遣することも請け負って、帰って行った。






