千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第8章 老い
「ブリムC帯 中央」の立て看板が、サリーの真ん前に迫る。
慌てて右にハンドルを切った。
がちゃん! ──車体の左後ろが支柱に当たった。
──しまった。
停車した。いつの間にか、舗装路をはみ出して道脇を走っていたらしい。左翼の集光機が割れ、コンプレッサーがへこんでいる。コンプレッサーは動力の要なだけに、頑丈なタンクに格納されている。穴が空いた様子はない。もう一度発進させてみる。なんとなく、歪んだ音がするが、速度は問題なく出るようだ。行ける。
サリーはまた走り出した。旧い太陽が東から登っていた。昨日の日没後の記憶がほとんどない。ひやひやしながらも、苦笑した。よく他の車両にぶつからないで、ここまで来たものだ。
何十年もブリムE帯の弱い光の下で生活してきたので、久々の四つの太陽は強すぎないか不安だった。しかし、この地は破天荒な王と、忍耐強い先祖たちが、こころを砕き、知恵を絞って陽光との共存を図ってきた。樹々を利用して計算し尽くされた光量が人に届くようになっていて、サリーも、ああそうだ、この、樹に包まれている感じだった、と、気持ちが伸びやかになった。
木立は何百年にも渡って剪定が続けられ、紗をかぶせたように覆っている樹冠の天井から、地上に近づくに従ってだんだんと濃さを増す。かすみ柳は、農地の縁や、山の上にもくもくと立ち上がりながら、決して重たげでも、陰鬱でもない不思議な人工の雲だ。なんの疑いもなく、それらは自分の一部で、自分もその一部だった。今も、なんの抵抗もなく柔らかな世界を受け入れていく。
サリーは庭を駆け回る無邪気さで、対向車のない時には道を広々蛇行した。やがて、村を出た五十年前に歩いた道を、反対側から来ているのだというほど、景色が見慣れてきた。遠くに見える民家も、牛舎も、かつては徒歩でだらだらと通り過ぎる間の慰みに、もうなんの発見もなくなるまで眺めたのだった。あの時のまま、変わっていない。
とうとう、懐かしい演習林の、かすみ柳がひときわ密に立ち上がっているのが小さく見えてきた。色々な木が植わっているために、でこぼこに色と形がまとまりなく散らばりつつ、そこが特別な森であり山であることが遠目にもわかるところまで来た。
サリーは我知らずアクセルを捻ってスピードを上げようとした。すると何かが軽い音を立てて壊れる音がした。
第4話 帰郷 おわり






