聖書ファンタジー 666 – 反君主の年
フェリックスは美貌の仮面の内心であきれていた。
(……そら見ろ、この国の王連中は、頭でっかちなわりに、帝王学に関してはてんで持て余しているんだから)
フェリックスは、一度であきたらず二度も統治権のくじを引き当て、長い任期を経験している。国民の人間性を知り抜き、民衆の抱える不安が必ずしも現実的でないことを知っていた。だが同時に、根拠のない楽観だけで判断を誤れば、思わぬ問題へと発展する危険性もあると理解していた。
少し冗談めいた口調で提案した。
「666年を迎えるなら、いっそのこと盛大に祭を開いたらどうだ?」
「……祭?」
サバ女王はきょとんとして、フェリックスを見つめた。端正な顔立ちに似合わない発言だが、ふざけてるようにも見えない。
「そう。なんだかんだ言って、千年に一度の機会だ。無駄にするのは惜しい。666という不吉な数字を徹底的にいじり倒そう。民衆の不安を思いっきり燃焼させてやるんだ」
フェリックスの張りのある声が、フェリツ城のホールに響いた。大樹のように太い柱が立ち並び、色ガラスがはめられた豪奢な窓から、鮮やかな陽光が降り注ぐ。王の頬に、男性にしては長い睫毛の影が落ちる。
「具体的にはどんな祭をするの?」
サバは困惑を深めながら問いかける。
フェリックスはサバが食いついてきた様子にさらに身を乗り出す。
「食い物だ。笑うしかないくらい変な料理を考案して祝宴を開こう」
祭と言えば美食だが、変な料理とは……ピンとこない。
「たとえば何?」
王は形のいい顎にちょんと指をつけて思案した。どうせなら振り切ったやつを──。
「『ダニエル』──なんてどうだ?」
「ダニエル……?」
サバの眉間に深いしわが寄った。ダニエルと言えば旧約の【書物】の預言者ダニエルか? 彼と料理と、何の関係があるのだろう?
あっけにとられるサバに臆することなく、フェリックスはたたみかける。
「見た目はコロネに似た食べ物だ。筒状のパンでもパイでもいい。ただし出口も入口も塞いで、中にタンポポとソーセージを詰め込むんだ」
「……なんでタンポポなの?」
「ダンデライオン、つまり獅子《ライオン》だ」
フェリックスはしたり顔だ。
サバはひらめいた。
「洞穴のなかに、獅子とダニエルを閉じ込めるのね……」
「そのとおり。タンポポとソーセージは、一緒くたにしちゃダメなんだ」
「獅子は、ダニエルを襲わなかったからよね」
「そう! タンポポとソーセージの、ハーフ・アンド・ハーフだ」
フェリックスは身振り手振りで説明した。目の前にはすでに、ありありと『ダニエル』が描かれているのだ。
これまでじっくりとフェリックスと話す機会はなかったが――王は美しさに負けず劣らず、頭がどこかおかしい。このままだとペースに飲み込まれてしまう。サバは小さく抵抗する。
「恐れ多いわね」
「これくらいでなくちゃ」
王は得意げに鼻をならした。女王は、空想に夢中になる王がおかしくて、だんだんとこころが晴れ始めた。
「……ダニエルは菜食主義者だったはずよ? タンポポに合う野菜かなにかにしたほうが、いいんじゃない? ……ソーセージじゃなくて」
サバは、なぜフェリックスがソーセージを具材として提案したのか、下ネタなのか単なる思い付きか判別できなかった。
王は、女王がためらいがちに指摘してくることなど気にも留めない。
「ほらほら、そんなふうに考証を重ねていくのが、このアイデアの奥深いところなのだよ」
フェリックスはサバの意見を肯定しながらも、祭を開催する発想そのものは、押し通す気まんまんだ。祭とは、【書物】に登場する題材を、茶化して料理に仕立て上げた珍味が並ぶ娯楽のひとときなのだ。
サバも興味がわいてきた。
「同じく『ダニエル書』から、『ネブカデネザルの炉』という料理はどうかしら?」
「ネブカデネザルの炉!」
王はもうすでに面白そうに、大きな目をいっそうらんらんと輝かせた。
「揚げパンを想像するといいわ。中には四種類のアイスクリームを包んで、熱々の油でジュッと揚げるの。外はカリカリ、中は冷たいままのデザートよ」
「シャデラク、メシャク、アベデネゴ──近づいた兵士たちを焼き尽くすほどの熱い窯に投げ込まれてなお、生き延びた3人。そして聖なる第4の存在──素晴らしい! まさにそういう発想だ」
フェリックスは興奮するほど声が大きくなる。ふたりの楽しげな会話を聞きつけて、他の王族たちがなんだなんだとホールにやってきた。
「666年に向けた祭の計画だ。君たちも何か案があれば出してみろ」
フェリックスが促すと、王族たちは互いに顔を見合わせながら、相談を始めた。
こうして王国紀666年──「反君主の年」の祭の企画は瞬く間に受け入れられ、王国全土を巻き込む大イベントへと発展させることがすぐに決まった。サバは民衆から料理案を募集するおふれを出し、祭を公式に布告した。
参照聖句
制作にあたっては、主に『新改訳聖書2017』を参考にしましたが、著作権の関係で、パブリックドメインの口語訳聖書1955年版を掲載いたします。
▶ダニエルと獅子
ダニエル書 6:20-22
ダニエルのいる穴に近づいたとき、悲しげな声をあげて呼ばわり、ダニエルに言った、「生ける神のしもべダニエルよ、あなたが常に仕えている神はあなたを救って、ししの害を免れさせることができたか」。 ダニエルは王に言った、「王よ、どうか、とこしえに生きながらえられますように。 わたしの神はその使をおくって、ししの口を閉ざされたので、ししはわたしを害しませんでした。これはわたしに罪のないことが、神の前に認められたからです。王よ、わたしはあなたの前にも、何も悪い事をしなかったのです」。
▶菜食のダニエル
ダニエル書 1:11-13
そこでダニエルは宦官の長がダニエル、ハナニヤ、ミシャエルおよびアザリヤの上に立てた家令に言った、 「どうぞ、しもべらを十日の間ためしてください。わたしたちにただ野菜を与えて食べさせ、水を飲ませ、 そしてわたしたちの顔色と、王の食物を食べる若者の顔色とをくらべて見て、あなたの見るところにしたがって、しもべらを扱ってください」。
※ダニエルが生涯菜食を貫いたかには諸説あります。
▶ネブカデネザルの炉
ダニエル書 3:19-25
そこでネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴにむかって、顔色を変え、炉を平常よりも七倍熱くせよと命じた。 またその軍勢の中の力の強い人々を呼んで、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴを縛って、彼らを火の燃える炉の中に投げ込めと命じた。 そこでこの人々は、外套、下着、帽子、その他の衣服のまま縛られて、火の燃える炉の中に投げ込まれた。 王の命令はきびしく、かつ炉は、はなはだしく熱していたので、シャデラク、メシャクおよびアベデネゴを引きつれていった人々は、その火炎に焼き殺された。 シャデラク、メシャク、アベデネゴの三人は縛られたままで、火の燃える炉の中に落ち込んだ。 その時、ネブカデネザル王は驚いて急ぎ立ちあがり、大臣たちに言った、「われわれはあの三人を縛って、火の中に投げ入れたではないか」。彼らは王に答えて言った、「王よ、そのとおりです」。 王は答えて言った、「しかし、わたしの見るのに四人の者がなわめなしに、火の中を歩いているが、なんの害をも受けていない。その第四の者の様子は神の子のようだ」。







