
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第32章 いのちの木の実
第1話 宮殿
フェリックスはメリヴァの爆発火災で文字通り燃え尽きたあと、活海で復元され、すぐに捕えられた。ヰェナダー謹慎を破ったどころか、またしても自らを儚したのだ。次こそはそれなりに厳しい処分が加えられるだろう。
彼への査問委員会の後、勾留所には帰らないで、知り合いの屋敷に泊めてもらうことにしていた。施設のパンはヰェナダーいちといっていいほど美味しいが、何せ本一冊持ち込めず、所持品は没収されてしまうのだ。
法務局から出てぶらつくうちに、自然と、足は国樹の並木公園に向いていた。公園では、人々がそれぞれにお気に入りの場所に座って休んだり、おしゃべりを楽しんでいた。
シャーケードの樹のまわりにも人々がいたので、危うく通り過ぎるところだった。イツダテの国樹は、今や回復し、他の場所と変わりないほどに茂っていたので、見落としてしまいそうだった。治ってみると、何の変哲もない木だ。
──無難な樹木を選んだものよ。フェリツのように、知性と情熱で開発したかすみ柳の個性には遠く及ばない。この公園のどこからでも、我らの国樹のもくもくとした優美な立ち姿が目に入る。人々は圧倒されて立ち止まり、微笑み、何なら葉をむしらずにおかない。ペルシャ猫のような尾状花序が咲くと、手の届く高さの花は残らずなくなる。種が飛ぶ頃には、柳絮を子供達が集めて遊ぶ。献呈したのが三本でよかった。そうでなければ聖都が白い毛で埋もれてしまうだろうから──。
フェリックスは小川のほとりから自国の国樹を遠く眺め、花序の頃を終えた木が、人々に構われすぎて、弱ってないかを確認した。そんな心配は無用なのだが。この都にあって、いのちの水のあるかぎりは。もちろん、木は水だけで育つのではない。土や菌がなければ強く根を張ることはない。そして木が永らえることをお許しになる【主】の力がなければ、生きていけない。
川の流れの行き着く先は、君主の住まうとされる宮殿だった。川はそのまま宮殿内に流れ込む。
宮殿は、世界中の建造物と比べて、並外れて美しいものでも、巨大と言うわけでもなかった。それはフェリックス王の美の基準に、奇抜とか、逸脱とかいう評価軸が居座っているからで、よく思案してみれば、建てようと思って、建てられるような造形ではなかった。
──まあ、私がどれだけの建物を知ってるのかって、話なんだがな。
フェリックスは宮殿を見上げながら、「建てようと思って建てられるもんでもない」などと知ったような顔をした自らにあきれた。街と、宮殿の建設過程を知っているために、ときに親近感が行き過ぎてしまう。
宮殿は、横と奥行きが同じ幅、つまり正方形の敷地をとっていた。それぞれの面に大きなアーチ型のエントランスがあった。建物の上には、四方にかどのあるドームが長く伸びて、その上に尖塔が立ち、天に向かって伸びている。ドームと尖塔はガラスと骨組みでできた繊細なものだった。それ以外に窓はなかった。ドームが乗っている建物本体は、街の建物と同じクリーム色でできていて、石の柱や梁がリズミカルに組み合わさって、窓に似せた彫刻もあるが、窓はないのだ。
* * *
──ケーキみたいだな。
ヤオは宮殿に近づきながら、最初にこの建物を見た時と同じ感想を繰り返した。
レモン色よりもっと淡く黄色い、甘そうな四角い構造物の上に、キラキラしたドームと、ドームの天辺までの高さと同じほどの長く鋭い尖塔が天を突いている。宮殿というだけあって、間違いなくヰェナダーでも重要な場所なのだが、贅を尽くした豪華さと言うよりも、ここまで特徴付ながらも無駄な部分を削ぎ落とした、その苦心の方にこそ建築家の真骨頂がある気がする。
宮殿の不思議さは、エントランスが広々として高く、そのまま中心部に向かって広く長い通路として続いているところからも演出されていた。扉もなく、フェンスもない。つまりは、入っていいのだ。
ヤオは、初めて国樹の並木公園を見つけたとき、ひとしきり公園を徘徊して、風に当たった疲れを休めに、自然と宮殿に足を踏み入れた。公園の延長のような場所だが、ショッピングモールにつながっていたり、博物館の入り口なのかと思った。
並木公園を分かつ、いのちの水の小川がアーケードの中に引き入れられており、流れに導かれるように奥に進むと、小川は大きな輪を描いて、真ん中に岸辺があり、中心には一本の木が立っていた。
つづく






