第31章 いのちの水/第3話 囚人|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

第3話 囚人

 ロー・ジ一派は、ヤオたちが乗ったのと同じケルブ船でヰェナダーに移送された。裁きを待つ間の勾留施設は、聖都とその周りの耕作地を隔てた「君主の土地」と呼ばれる地域にあった。牢獄というよりは簡易な宿泊所に近かった。朝六時に門が開き、臥六時に閉まり、その間は出入り自由だった。帰らなくても、咎めはないそうだ。罪人は元の服や持ち物を没収され、平民の服とほとんど変わらない衣服と履き物を与えられた。清潔だが古着だった。私物は持ち込めず、帰ってくるたびに着替えなければならなかった。

 食事が出た。体を洗えた。寝具も整っていた。それ以外はなかった。外に出て何かを買おうにも金がなく、手に入れても入り口で取り上げられた。金は小銭すら持ち込めなかった。

 没収されたものは、小物であれ、本であれ、ハンカチ一枚返ってこなかった。携帯できるのは拘留者用の身分証明書のみだった。外では仕事も何の手続きもできなかった。そんなわけで、そこに入れられた者たちは、何も持たずにふらふらと出て行っては、二、三日どこかで過ごしたとしても、またふらふらと帰ってくるのだった。

 担当者は警官や看守というよりも、役所の職員風だった。手続きはマニュアル化されており、そっけないが親切で、分け隔てなく、贔屓もなかった。

 ヰェナダーでの裁きとは、一連の手続きと判決までであり、刑の執行は、罪に定められた者の故郷か、別の土地であることがほとんどらしい。勾留所では、刑を恐れて暴れるものは、まず見られないのだった。最も、ヰェナダーまで引っ張られてくるのは、土地の裁判所でもカタのつかなかった面倒な案件や、ロー・ジたちのような国を跨いだ犯罪者、政治犯がほとんどで、暴力より知力を駆使して悪事を働いた者たちだ。ここに来てまで腕力に訴えようとする者など皆無なのだった。

 ある意味で犯罪者として上り詰めたと言っていい。それでいて今何も持っていないという不均衡さに、なおさらぼんやりとして過ごしているのだった。裁判は、その空白を十分に与えるためか、遅かった。

 ロー・ジが収監された日、手続きが長引いて、落ち着いたのは臥八時を過ぎていた。食堂に残っていた薄いパンを何枚か持って、共同寝室に向かった。室内はすでに鎧戸が閉められて暗く、二段ベッドが広い部屋にずらりと並んでいた。通路を挟んで二列になっていた。先に来たはずの仲間たちはどこにいるのかわからなかった。部屋はほどほどに埋まっている。さっさと手近なところに落ち着こうと思った。

 上段から足をぶらぶらさせて寝そべっている奴がいた。ロー・ジは男のふくらはぎが白く、足の形がいいことを見て、育ちはきっといいのだろうと思わずにいられなかった。その下段を使うことにした。

 上の男は音もなく足をしまった。ここで正解だった。ベッドに腰掛けてパンを食べた。見た目より水分が少ない。水を持ってこればよかった。しかし妙に味があって美味いパンだ。

 とにかく空腹で、夢中で食べるうちに、咀嚼と嚥下が混乱してむせてしまった。声を抑えて咳き込むと、上からガラスボトルの水が降りてきた。上の男が、食堂のものを自分用に確保していたようだ。顔は見えなかった。見せたくないのかもしれない。ロー・ジはむせながらもごもごと礼らしいことを言って受け取った。男は水は返さなくていいと言った。

「ここのパンは、美味いよな」

 上の男は言った。

「おいしいな」

「ちゃんと食べたければ、六時半に、食堂に行くといい」

「朝は」

「七時だ。みんな、食べるだけ詰め込んで、出かけていくから、あっという間になくなる」

「詳しいな」

「どういたしまして」

 男の声には後ろ暗さが感じられない。それがむしろ不気味でさえある。

「長いのか」

「三週間? その前も、ちょっと来たことあるけど」

 刑務所が実家か何かのような言いぐさだ。

「何で」

「謹慎中に、外に出たのがばれちゃって」

 まったく深刻そうでない。

「謹慎は、何で」

 男はしばらく黙った。聞いてはいけないことだったか。

「……自分を大事にしなかった罪?」

 それは、ここに来てまで裁かれることなのだろうか。他のベッドでも、鼻で笑った奴がいる。会話に聞き耳を立てているのだ。

「哲学的だな」

 ロー・ジは、口の中にパンくずを感じながら寝そべった。

「まあね。君は何で?」

 ロー・ジには何の罪状がつくのだろう。まずは二十四人の王体を傷つけた罪がメインとなるはずだ。それを他人に告げるのは露骨すぎるし芸がない。永遠の命を研究し、父の手から離れて自由の世界を構築するために、王たちの命を利用しようとした。それを抽象的に言うとどうなるだろう。

「他人のものを、盗んだ罪?」

 ロー・ジは言った。

 上の男も長く黙った。考え込んでいるうちに、しらけさせてしまっただろうか。しかし男は、文脈を踏まえて考えていたのだった。

「根源的だな」

 ロー・ジは寝室が方舟となって原初の大海に漕ぎ出したような気がした。長い航海を終えた後だったので、今になってまた、船の余韻で平行を失う感覚に身を委ね、眠った。

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