千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第31章 いのちの水
第2話 帽子
ヤオはからだが楽になるとすぐに、ヰェナダーの植物採集に出かけるようになった。アミュテュスは保養所の職員から、「ヤオがヰェナダーの木を食べたり、土を食べたりしてる」と聞かされた。さすがに叱られると思ったが、すでにフェリックスという始末に負えない問題児がおり、ヤオは彼の配下であり、弟子であるとの認識が広がっていたので、呆れられつつ、誰もヤオを止める者はいなかった。
ある日、アミュテュスは活海の岸辺でギターを弾きながら、ダプネーが下の子たちと浜で遊ぶのを見ていた。ダプネーは少しずつではあるが筋力がつき、表情も生まれてきていた。 そうなってくると、本来の年齢である十代半ばなりに大人びて見えてきた。アミュテュスが母であることも、なんとなく理解し始めたようだった。だからといって、母と娘らしい交流が生まれたわけではなかった。アミュテュスができることは、楽器と、身だしなみくらいしかなく、料理といえば、ヤオに教えてもらったパンケーキしか焼けなかった。
近づく人があった。ヤオだった。アミュテュスは、ヤオに会うのが十日ぶりだった。同じ保養所に寝泊まりしているはずが、どうしてこうまですれ違えるものか、ちょっと小言を言いたくなった。青年は両手にわさわさと軽そうな麦わら帽子をいくつも抱えていた。
ヤオが面白そうなものを持っているので、子供たちは駆け寄った。ヤオが好きなのだった。青年はそれぞれの子供の頭のサイズに合った帽子を、次々と乗せていった。性別と、年齢らしく見えるように、少しずつ形やリボンを変えていて、ダプネーにはボンネット型の、すこし大人びていつつ、可愛らしさもあるものを乗せて、首のリボンを縛ってあげた。ダプネーはしばらくヤオをじっと見て、アミュテュスも見た。海に走っていった子供たちの笑い声を聞いて、彼女も駆け出した。
{作ったの?}
「子供の、目は弱いから」
ヤオは目を細めて、輝く水面を散らして遊ぶ子供達を見た。そしてはっと両手を見て、周りをきょろきょろした。首に二つの帽子を掛けていたことを思い出し、一つ取り、アミュテュスに被せた。ダプネーより大人らしく、透かし編みを入れたボンネットだった。彼は帽子越しにアミュテュスの頭の熱を感じるように、しばらく手を置いていた。
{私、髪の中にほくろがあるのよ}
アミュテュスが奏でた。
「あるね」
ヤオが言った。
アミュテュスは視線に込めていた苛立ちが和らいでいくのを感じた。しばらく会えなかったことに、しらずしらず機嫌が悪くなっていたのだった。恋人の怒りをやり過ごしたことを見てとったヤオは調子に乗り出す。
「僕の頭、見た目より歪なんだよ」
{中が?}
「外も」
ヤオは自らの髪の中に指を差し入れた。頭頂部が窪んでいるところに指を引っ掛けた。彼の指を追いかけ、アミュテュスもそこに指を引っ掛けて、青年の頭をぐらぐらと動かした。青年は飼い犬のように無防備にいい顔をして、されるがままになった。
一人の子供が、遊んで欲しそうに大人たちを見た。ダプネーはヤオを呼んだ。ヤオは立ち上がった。ヤオが呼ばれたので、アミュテュスはギターを弾き始めた。
──子供達の担当は、ヤオでいいわ。
ここしばらくつきっきりだったのはアミュテュスなのに、いまだによそよそしくしてしまう。子供達にも怖がられているようだし。
アミュテュスには子供のこころがわからないというよりは、彼らの歳の頃にはこころばかりが成熟していたので、子供が見た目よりも色々と企んでいることを知っていた。かたまりでうじゃうじゃしている中に、素直に身を投じることができなかった。
ヤオは手を挙げて子供達に応じたあと、立ち上がり、アミュテュスを見下ろしてきた。ギターに向き合っているふりでやり過ごそうとした。青年はとくに断りもなく楽師の右わきの下に手を入れてきて、少し持ち上げた。抵抗すると、しょげていることが伝わってしまうので、素直に立ち上がるしかなかった。
「誰も盗まないよ」
ヤオはギターを奪って下に置き、アミュテュスの手を引いて走り出した。適度なところで手を離してくれると思ったが、水がワンピースの裾を濡らしても、さらに深いところへとなお強く引っ張る。抵抗して腕を引くと、アミュテュスを押し倒してヤオも沈んだ。口の中も、鼻の中も、海水だらけになった。
やっとのことで立ち上がると、ヤオは同じことを子供達にしながら、彼らのためには立ち上がるのを見届けるまで腕を貸して、そうかと思うとまた水に突っ込むのだった。子供たちは大人の力に翻弄されるのを大喜びで何回もしてくれとせがみ、ヤオにまとわりついた。活海の水は、光の味がした。
つづく






