千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第30章 カルメル大火
第6話 爆発
船団は半日ほど航行し、深臥になった。ヰェナダーの第6の太陽も旧い太陽も水平線に見えなくなった。隊員達のほとんどが見たこともない闇の世界となった。半円の月がこうこうと照っていて、夜の海に金色の光を散らしていた。
ヤオは初めて、雲ひとつない空に瞬く星々を見ることになった。星々は思わず手を伸ばしてみたくなるほどくっきりと光り、美しかった。もっとよく見たいと思うほどに、もっと濃い闇が必要になり、もっと暗ければ、という願いがこころに芽吹く。ヤオは寒気を覚えた。
星々はやがてメリヴァに近い浜から立ち上る煙に霞んだ。海にいても熱のある風と焼けた匂いが吹いてきた。浜のそばの森は炭と灰となり、銀と濃紺の海の先に死の黒い海原ができているようだった。先の方はまだ燃え盛って、赤い炎が不気味にゆらめいていた。隊員たちは燃焼がすでに終わったところを進み、川から水を引いて、消火をしながら進んでいった。
旧い太陽が昇る頃、メリヴァにたどり着いた。国というよりは街だった。煙が立ち込めて全貌が見えなかった。過去には人々が「夜」の神秘的な闇を楽しむための遊興地として栄え、寂れては流行り、を繰り返すうちに人手から人手に渡り、最後はシーダー社の違法採掘を隠すための倉庫、精錬施設、ロー・ジたちの隠れ家となったのだった。
街全体は、娯楽施設の面影を残していた。ローラーコースタ―の櫓があり、人工的な山があり、骨組みだけになった観覧車があり、街路はいろいろな国の様式を折衷した建物が立ち並んでいた。街の門にあたる建物は、フェリツ城を縮尺して模していた。フェリックスは何分の一かに小さくされた城の中央に穿たれた、本物にはないはずの門を通った。
奥に行くほど煙は濃くなった。ロー・ジたちからは十分な情報が得られなかったが、精錬所が街の最深部にあり、王体を幽閉している施設がどこかにあるはずだ。隊員達は、イツダテ王達は「首のない白熊」や「二足歩行の羊」になっていることを想定して、遊園地に併設された動物園か、研究所になっているらしきリゾートホテル跡に目星をつけて、隊を分散させた。
「薬剤のタンクらしきものがあります! 大量に!」
先発部隊の隊員が、街に入って右手の、人工の山の施設の中に、格納庫らしき施設を見つけた。外側からは山に見えるが、洞穴を見立てた入り口があり、中は大きな空間になっているらしかった。タンクの中は真っ白で、何が入っているのかはわからないという。
「左の方は、プールなのかな」
隊員の1人が言った。娯楽施設によくあるように、街の入り口には地図を描いた大きな看板が立っていた。来場客向けに明瞭な色で描かれたイラスト調の地図の上から、後の住人たちが施設名を書き換えていた。隊員は、街の左手にある、蛇行した水色の帯が描かれた施設を指差していた。
「プールの方に行ってみます!」
ヤオは上官に言った。プールと聞いて、子供達を思い出したのだった。上官は、森に慣れていて、森を焼くことにも関わったことのあるという幼子を、人手が足りないことも相まってここまで連れてきていた。火事の中を捜索にまで行かせていいものだろうか。
「ヤオ、ちょっと来い」
先輩格らしき男が、青年を引っ張って行ったので、上官は先輩が彼を諌めるであろうと、タンクのあるという、人工の山の中へ向かうことにした。
* * *
フェリックスは炎の心配のない家屋のなかにヤオを連れて行った。「ここにいろ」と言いたいのではない。青年は王の目を離れれば、使命感のためにやるべきことをやるだろう。
「これを着なさい」
フェリックスは着ていた消防服を全て幼子に渡し、作業つなぎだけになった。
「周りと助け合い、無理はしないこと。子供達のいのちは、【主】こそがご存知なのだから」
プールの方には火の手が届いていなかった。フェリックスはヤオが仲間と共に施設に向かっていく背中を見守ることができた。
* * *
「何のタンクなんだ」
「見た目ほど重たくない」
人工の山の中にはタンクが散乱し、奥に続く通路を塞いでいた。隊員達は邪魔になるぶんを運び出していた。一本を二人で持たなければいけないほど大きい。
──白いタンクか……精錬所もあることだし、消火薬剤のストックかな……。
フェリックスは様子を横目にしながら、研究施設に行ってみようと歩き出した。しかし頭の中のもう一人の自分は、ガラスタンクの白い色がどうしても気になる、と囁いた。
──白……メイの閉じ込められていた白い菌体……菌……胞子……粉……。
「おい! そのタンクは」
フェリックスは急に振り返って隊員に声をかけた。
フェリックスに声をかけられた隊員は、わずかに手元が狂ってタンクを落とした。タンクのガラスは硬い地面に当たって、あっけなく割れた。割れた中から、液体ではなく、白い粉が巻き上がった。粉塵は、この街のそこらじゅうに散らばっていた火種に触れた。引火し、爆発した。衝撃で他の隊員たちもタンクを落とし、次々に割れた。その粉塵で次々と誘爆が起こった。他のタンクも倒れて割れた。大爆発が起こった。
爆発音は地面と空を揺るがし、パトモス島からも濃い煙の柱が見えるほどになった。
しばらくののち、メリヴァで大規模爆発が起こったことが知らされると、残っていた船も漁船も、小舟もどんどん出て行った。アミュテュスは港に出て、メリヴァに出かけて行ったヤオが、怪我人の介抱をしながら戻ってくるだろうと、帰りを待った。船が戻り始めると、見るも無惨に傷ついた人々が運ばれてきた。怪我の重い者、意識のない者は、ケルブ船に乗せられて、ヰェナダーに運ばれることになった。
──ヤオはどこ?
港に来る船は、だんだんとまばらになって行ったが、ヤオは戻らなかった。爆発の煙は雲を呼び、臥が来ると、カルメル島からパトモス島にかけて雨となった。船は動力を失って動かなくなってしまった。それでもアミュテュスは、港に仮設された救護隊の天幕の下で、帰ってくる船があれば一番に見つけるために、ずっと待ち続けた。
一晩明けて、雨が上がり、旧い太陽が雲間から弱々しい光を差し始めた。どんよりとした鉛色の海の向こうから、波に押し流されるようにして、近づく船があった。舵には誰も立ってない。アミュテュスはそばで眠っていた漁師を叩き起こして、魚釣り用の小舟を出してもらい、一緒に乗りこんだ。船は近づけども幽霊船のように人の気配がない。アミュテュスたちの舟が小さかったので、先に船に飛び乗って中を伺った男が、顔をしかめた。
「うわあ、ひでえ臭いだな。魚を乗っけたまんまにしたのか? おい、しっかりしろ!」
漁師は船内に倒れているらしい、誰かに話しかけたが、すぐに諦めて戻ってきた。
「怪我が重すぎてだめた。このままこの船を、岸まで動かそう」
アミュテュスは彼に手を引いてもらって、船を乗り移った。倒れている人は、目に入る限りのところが焼け爛れていたが、ヤオだった。痛みと熱の中、かろうじて目を開けると、アミュテュスを見た。
「子供達は」
アミュテュスは、彼の横に散らばっているぼろ布の下を見た。痩せこけて、疲れて、浜に打ち上げられた死んだヒトデのようだったが、ヤオよりかは傷を免れた子供たちだった。アミュテュスの娘、ダプネーもいた。異様な臭いの元は、彼女たちだった。身体も髪も服も汚れ切っていた。火事のためだけではないようだった。
ダプネーのぎょろついた目と、アミュテュスの目が合った。
「くさいって、言わないで。私たちのこと」
ダプネーが言った。
──言わないわ。そんなこと。臭いのは、あなたに付いた汚れであって、あなたが臭いんじゃないもの。洗えば、落ちるのよ。
アミュテュスに変わって、ヤオが言う。
「臭くないよ、ダプネー」
「知ってる? 私の名前」
ダプネーの声は細く、弱々しく、質問なのか、つぶやきなのかわからないほどだ。
──知ってるわ。私がつけたんだから。
「知ってるよ、ダプネー」
アミュテュスは、どれがぼろ布で、どれが子供かを見て回った。
──……三、四、五人? ヤオ一人で五人も、よく連れてこられたものだわ。
「アミュテュス」
ヤオは板張りの床から伝わってくる恋人の足音を抱きしめるように懐かしく思いながら、声を振り絞った。
「殿下は」
──殿下? フェリックス殿下? からだが辛すぎて、殿下が恋しくなっているの?
アミュテュスは、ヤオの顔を覗き込んだ。いまや彼の姿の中で綺麗に瑞々しいのは眼球だけだった。そこに残った光を拾い上げて、手の中で温めてあげたいほどだった。ヤオは彼女の手に持つぼろ布の、有機物だけが織りなすことのできる筋と繊維の模様を見つめながら気を失った。
つづく






