千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第28章 パトモス島
第4話 主君
十一月も半分が過ぎたころ、アミュテュスとヤオに、パトモス・ハウスへの招待状が届いた。イツダテのメイ女王がケルブ船でヰェナダーから帰還する途上で、パトモス島に寄るというので、会いたいとのことだった。到着は十二月の初めとのことだった。
アミュテュスは知らせを受けるや、毎日ギター喋りの練習をして、着ていく服を念入りに選び、美容院に行き、朝に夕に散歩に出て体力をつけ、女王のために万全に準備を整えた。
パトモス・ハウスは、フェリツ城やイツダテ城に比べるとはるかに小さいばかりでなく質実剛健で、灰色の石造りだった。古風な要塞、あるいは役所のようで、城で働く人々も、一部を除いて城の中に居住しているのではなく、周辺から通勤していた。王族や貴族、政府の要人が島に保養に来た際の滞在先として使われたり、町の会議や宴会のために使われるホールもあり、見た目のそっけない印象とはうらはらに、街の人々にも身近な存在なのだった。
メイ女王は人々の混乱を避けるために、皆に知らされないうちにパトモス城に入城した。メイの一行が寄港するまでに、女王を出迎えに、イツダテから駆けつけた側仕えたちや貴族たちが城に溢れ、もてなしのための臨時の職員が動員され、パトモス・ハウスが城としての役割を十二分に発揮することとなった。
いよいよその日が来ると、アミュテュスはまるで再起をかけた公演が始まるかのように、朝から念入りに支度をして、ギターのリハーサルを行い、出かけるぎりぎりまで、髪をいじったり化粧を描き足したりした。
ヤオたちがパトモス・ハウスに到着すると、城で一番大きな謁見の間に通された。
ヤオは部屋に入るなり、窓際の椅子に、片付け忘れた真っ黒な美しいドレスが打ち掛けてあるのが目に入った。しかし、ドレスはくるりと首を巡らし、座っている時と、立ち上がってからと、ほとんど変わらない高さ、あるいは低さで、音もなくするすると歩いて近づいてきた。ミルクのような、香木のような匂いがした。アミュテュスは跪いた。ヤオも倣った。
「アミュテュス、逢いたかった」
メイ女王は、青みのある灰色の長衣の、長い裾の中にすっぽりとアミュテュスを包むようにして、愛するしもべを抱擁した。アミュテュスは溢れてくる涙が主君の衣を濡らさないうちに、顔を離した。念入りに準備をしたのに、泣く用意はなかったようで、少し困ったように顔を背けた。ヤオはここぞとばかりに洗ってアイロンをあてたハンカチを出して渡した。楽師が涙を拭く間に、メイはヤオに向いた。
「ヤオですね」
「殿下、お初にお目にかかります」
ヤオは「しもべの姿勢」のまま深々と礼をした。女王の視線を受けて、アミュテュスと黎明の海に座った時のことを思い出さずにいられなかった。青さがこころに刺しこむようだった。
女王は二人に椅子をすすめた。
イツダテ女王メイは、黒い女であった。日に焼けた黒ではなく、墨色だった。髪が黒曜石のように波うち、容姿のうち一番黒い部分がそこで、肌はわずかに明るくなったダークグレーで、唇はオリーブ色をしており、瞳がサファイヤの青で、白目さえ青みがかっていた。青鈍色のドレスが、肌の色を深めるようでも、輝かせるようでもあった。
栄光は少女であった。フェリックス王が「フェリツ開拓全史」の中で、メイのことを「年端もいかぬ」と形容したり、アミュテュスが女王を語る時に、畏怖と共に深いいたわりの情を滲ませるのはそのためであった。アミュテュスが今日の謁見にサックスブルーのドレスを選んだのも、メイの神秘的な眼差しに合わせたのだろう。
女王は初めにアミュテュスと言葉を交わし、近況や健康の具合を尋ねた。今回はあくまでしもべの顔を見に来たふうで、当たり障りのない話題を選んでいたが、アミュテュスが落ち込んではいるが回復に向かっていると知って、少し踏み込んできた。
「それで、あなたはイツダテ城で、無くしたはずの子供を見つけたと聞きましたが、本当ですか」
アミュテュスは答えに困ったようだった。イツダテ城で起こったことを、彼女からは誰にも言っていなかった。
{──はい}
「しかし、ダプネーはロー・ジたちと共にあった、ということですね」
{はい。それに、あの子は──もはや──人の形から遠ざかっているようでした}
「遠ざかっている」
メイは、同意を求めるようにちょっとヤオを見た。アミュテュスは、女王の視線の流れを阻むように音を強めた。
{あれがはたして生きていると言っていいものか。なぜあの人があんなことをできてしまうのか……あれはどういうことなのか}
アミュテュスは、それ以上言葉を次げなくなった。メイは立ち上がり、少女の手を、人形のような細い指を、アミュテュスの肩に置いた。
つづく






