千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第25章 イツダテ城
第2話 理性
アミュテュスとヤオが発った臥が開けて、フェリックスは、二人のフェリツ王とウィスターに、幼子たちが先にイツダテ城に向かったことを告げた。
「どうして、そんなことを、お許しになったのですか」
ウィスターは、無礼と受け取られるほどに怒りが湧いてくるのを必死で抑えた。
「彼らは、いや、アミュテュスは、何を求めていたというのか」
ツユリはウィスターの溜飲を下げる程度には重々しく、かといってフェリックスが拗ねてしまわない程度に優しく、事の深刻さに周りが暗くならないよう毅然と、調子を装った。
「まさか、元夫というロー・ジに、ついて行ったわけでは、ないわよね。ヤオが一緒に行ったんだから」
サバはウィスターに寄り添うように腰を掛けた。フェリックスはごく弱く続けた。
「ウィスター、おそらく、アミュテュスは、自分の子供の安否を確認するために、イツダテ城に行ったんだと思う。ロー・ジたちが逃げ出した後では、遅くなるから」
フェリックスは、フェリツ城での臥、アミュテュスの身体検査をしたウィスターから、出産をした形跡があると、教えられていたのだった。千年王国では死産や子供の突然死はないはずなので、どこかにいるはずだと考えていた。私的な事実ゆえに、ツユリとサバは知らされていなかった。
ウィスターは、打ち解けたはずのアミュテュスが、人知れず思い詰めていたと知って歯がゆくなった。
「どうして、私たちに話して……いや、そうですね。子供が今は、父親の手にあるとしたら」
サバはウィスターをいたわりつつ、フェリックスに尋ねた。
「彼女はシーダー社にいのちを狙われていたわね? 子供のためとはいえ……危険を冒してまで……」
「初めに彼女が襲撃を受けたのは、彼女にシーダー社の秘密を漏らされたくなかったからで、問題が公然となった今となっては、自分を殺す意味はないはずと、思ったのかもしれない」
ツユリは、その楽観が愚かなのか勇気なのかわからず、首を振って続ける。
「でも、今のイツダテ城の混乱のなかでは、アミュテュスも、ヤオも、どさくさに紛れて危険にさらされるかもしれない。城に入っていくということは、その、今イツダテ城に掛かっているという、覆いの向こうの秘密を、目にすることになるはずだから」
ツユリ王が務めて穏やかな調子なのを、手ぬるいとばかりに、ウィスターが言った。
「それどころか、殺されるどころか、奴らは人間に機械を埋め込むのだって、ためらわないんですよ? 拉致されて、ヤオの妹のように、もし幼体に機械を埋め込んだら、どうなると思いますか? 人を殺す機械にされて、そのままこころまで蝕まれて、二人とも死んでしまうかもしれないわ」
フェリックスは今度こそ、ウィスターの強い言葉に打たれて、うなだれた。王たちでさえ聞いたことがないほど、暗く、重い声で言った。
「彼らは、幼子だ……けれど、子供、ではない。意志が……あるんだ。やると言う意志を……止められるものではない」
皆、声の恐ろしさに黙りこんだ。ここにいる者達にとってはヤオとアミュテュスは幼児と変わりない。一方で、フェリックスの言うように、十分に年齢を重ねてもいる。フェリックスは昨日送り出した幼子達にぶつけたかった迷いと弱さを、今、仲間達に曝け出しているのだった。
「明日……城内に入ったら、私に二人を……探させてほしい」
ツユリは、明日の入城を前に、隊の士気が下がりすぎることを恐れた。参謀はツユリだが、求心力と推進力は、あくまでもフェリックスにあるのだ。
「顔を上げろ、フェリックス。君がアミュテュスに出くわしてなかったら、誰も彼女の思いがわからないでいただろう。ヤオだって付いて行けなかったか、二人が同時に消えていたら、場をわきまえず駆け落ちしたんじゃないかって、思ったかもしれない」
ツユリがさもぎこちなく冗談を言うので、フェリックスは、少し顔を上げて、弱々しく微笑んだ。ウィスターもだんだんと気持ちが落ち着いてきた。
「殿下、私は出過ぎたことを申し上げました」
「なんの。君にはっきりと切り捨てられて、かえって気持ちが楽になったくらいだ」
「いえ、無礼をお許しください。もし私が、アミュテュスがイツダテ城に向かうことを、先に知っていたら、彼女の気持ちも考えず、ヤオですら利用して、引き留めようとしたでしょう。それでも、彼女は一人で出て行ったでしょう。私では、彼女と一緒に行くという判断はできませんでした。殿下は彼女たちのために、祈って送り出された。私も祈ります。明日は、私も殿下について二人を探します」
「そうしてくれると、助かる……しかし、もし」
フェリックスは彼らが言うような最悪な結末は、昨晩から何百回と繰り返していた。あの場に置かれていたのは、アミュテュスを引き止めるためだったのか、ウクレレを預かり、願いが成就するよう祈るためだったのか、いくら考えてもわからない。
「もし、考えうる中で、一番悲しいことが起こった時には、私と共に、泣いてほしい」
フェリックスは幼子二人を心配する立場を得たために、その日とった奇行については大して気に留められなかった。例えば短刀を念入りに研いでいるとか、その刃を矯めつ眇めつ眺めながら物思いに耽る、と言うようなことを。
王自身でさえ、明日起こるはずの、イツダテの王達をその手にかけるという重大事件は、子を案じるあまり気も狂わんばかりになって成した愚行として、説明もつけられようと思った。かつて気が狂って城を逃げ出した逸話だって、今回また新しく刻まれるであろう列伝を最高潮として語り継がれるための伏線であったのだ……。
そこまで考えて、はたと気がついた。
「逸話? 列伝? 誰のための?」
私は、私のいのちを、王達を儚してまで語るに足るものにせねば気が済まないというのか……。たちまち頭に立ち込めていたもやが晴れて、伏しがちになっていたまなこを持ち上げ、誰もいない空間に向かって微笑んた。
「私は、おのれの運命を嘆くのに、まったくおこがましい者です……私に相応しい生き方を、あなたこそご存知なので」
つづく






