千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第24章 永遠
第2話 研究
王たちの中で、ひときわ僧侶のような風格の一人は、出席者の遅刻に眉ひとつ動かさずに口を開いた。
「遠いところご苦労。私はフェリツ城主の一人、ツユリだ」
「同じく、サバです」女王も微笑することはなかった。
ツユリはフェリックスの自己紹介を待ったが、王は口をちょっと動かしてツユリを見た。彼らの背後でさっと動く者がいた。ツユリが代わって言った。
「こちらも同じく、フェリックス」
ロー・ジたちは、他の王たちに失礼になるほどフェリックス王に注目した。イツダテでは暴君とこき下ろされるフェリックスだが、それだけに畏れられてもいた。想像よりひとまわり小さいが、出来たての彫像のように美しい姿形をしていて、これからさらに成長を遂げそうな期待感さえ煽られる。つい、どこかに歪みや翳りがないかを探したくなった。本人ではなく、代理を立てていると言われた方が受け入れられる。完璧とはフェリックス王のためにあるかのようだ。
「こちらは今日の立ち会いにお越しくださった、ハタジャの城主たちだ」
ツユリはハタジャから招いた令主マゴを筆頭に、王達三人を紹介した。ロー・ジ達も手短に名乗った。王たちとシーダー社の者たち、イツダテの街の長たちは、天幕の下にテーブルとして置かれた長い板を挟んで向かい合った。
着座するが早いか、水が出された。先ほど土を食べたフェリックスのためだった。フェリックスは端に座っていたので少し顔を背けて小さく口の中を濯いだ。さらに端に控えた青年に向かって礼をこめて視線を送った。おそらく先ほどの猪が籠を脱いだ男と思われた。印象的に背が長いからである。
ツユリが口を開いた。
「ご存知の通り、イツダテ国と我々フェリツ国とは、三千キロ以上を隔てて、文化を異にしている。まずはあなた方のことを伺いたい。シーダー社とは、どのようなことを商いとしているのか」
ロー・ジはツユリを眺めた。おそらくこれはただの前置きだ。シーダー社の定款を取り寄せて読む時間は十分にあったはずなのだ。ロージが黙る間、王たちは置物のように動かなかった。
「今日のこれは、何の時間ですか」ロー・ジが口を開いた。
ツユリにとってロー・ジの印象は、教師の手がつけられないほど内面世界を作り込んできている生徒、と言ったところだった。学校へは、修学のためではなく、頭の中にすでにある答えを強化するための、パーツを探しにやってくるのだ。来ているスーツはフルオーダーで、大人びてはいるが、どこか制服というか、白衣の延長のようだ。同じ仕立ての服を50着持っていると言われても驚かない。表情はうつろだが、目はそうではない。彼の心の窓である目だけは、染みついた隈にふちどられていても、二重どころか三重に落ちくぼんでいても、「もっと知りたい」と四六時中うごめいているのだ。
ツユリは後ろの者に言って、物品を持って来させた。従者が銀の盆に木箱と瓶を乗せてやってきた。木箱の中には小さな機器が並べてあり、厳重に蓋をした瓶の中には、木片についた白い菌が入っていた。
「これらのものについて、調査を行っている」
「これらは、何ですか」
ロー・ジはツユリから視線を離さず、つまり出されたものをろくに見もしないで言った。
「遺物を、人を操るために改造したもの。そして栄化体に感染する菌、というところまでわかっている」
「そうですか」
「それからもう一つ。あなた方、シーダー社はイツダテ城改修という名目で宮殿に覆いをかけた。王達は四ヶ月ほど公務に出ておられず、ヰェナダー巡礼にもご出発されていないのだ。これについても、イツダテ城内が今、どうなっているのか伺いたい。今日聞きたいのは、この三つについてだ」
「三つ」
ロー・ジは初めて盆に視線を移してつぶやいた。盆の上のものと、イツダテ城の件だったら、二つだろ。それか、改修とか公務とか巡礼とか、細かく切り分けるんだったら、四つとか五つになるんじゃないか。
サバが言う。
「もし、本日なにも伺えないとしても、あなた方の会社と、イツダテ城には、我々がこの後、調査に入ります」
「この後って言うのは、今日ですか」
「それも、これから話し合いましょう」
「拒否したら」
「しても、しなくても変わりません。我々の国土は、これらの機器と、菌によって少なからず被害を受けました。調査結果次第では、主犯はヰェナダー法で裁かれることになります」
「ヰェナダー法。千年王国と、私たちに、何の関係があるんですか」
王達は、急に耳にした不敬な発言に困惑した。ツユリは前提を合わせるために言った。
「イツダテはヰェナダー君主の統治する千年王国のもとにある。我々の兄妹国だ。君たちは、イツダテ人なので、【主】の王国の臣民だ」
「質問なんですが、千年王国の君主というのは、全知全能ということでいいですか」
「然り」
この時、王達とイツダテの街の長たち複数名がぱらぱらと声を出した。さも厳粛な事実であるというように。ロー・ジは笑い出したくなるのをこらえた。自動人形を見ている気分になったのだ。
「それで、あなた方も、イツダテの王達も、第一の復活に預かる前は、ただの罪人〔つみびと〕で、今は復活の姿に変えられ、神に近い存在ということでいいですか」
この場でひときわがっしりした体躯のハタジャ現統治者、マゴ令主が、太い声を響かせる。
「我々は君主の御前に出ることができるが、神ではない」
マゴの悠然とした話し方で、ああ、こいつとはまるで話にならないな、と察したロー・ジは、さっとツユリに向き直る。
「奇妙なことを言っていると思われるでしょうが、あなた方は、我々が生まれたときにはすでにいて、ずっと変わることなく君臨している。メンバー交代も世代交代もない。つまりは、木とか岩とかの自然物に近い。自然物を珍重する文化はそれとして、ずっとそこにあるものは、いつしか素通りするようになる。空気と変わらなくなる。今日せっかくこの場を設けていただいたので、教えてほしいのです」
ツユリが応じる。
「何を知りたいのかな」
「あなた方とは何者なのでしょう……なぜ、昔から命があったというだけで、我々が生まれた時から、生き方に掟を敷き、我々の意志を限定する権威を、行使することができるのか。一方で、君主が全知全能なら、なぜあなた方の国土で、あなた方に不都合なことが起こり得るんだ。無力な我々を呼び出すほどに。イツダテ王が自力で巡礼に出られないだとか。ありえんだろう」
「被造物の私たちには、限界があるわ」サバが言った。
「あなた達の限界なんぞ知らん。限界だと思うなら、自国の不都合だって、あなた方の落ち度だ。有り余るほどの特権があったはずだろう。そちらで悔い改めればいいだろう」
ハタジャの王がいよいよばかばかしいと言うふうにあからさまにため息を吐いたので、ツユリが王に向かって制した。
「ロー・ジ。あまり今日の趣旨に外れることには、私たちも答えられない。千年王国君主の御名により、我々が君に尋ねることに、答えなさい」
「質問は何だったか」
「君たちシーダー社とは、どう言った企業なのか」
「そんなことでも、あなた方の全能なるお父さんに聞けばわかることでしょう」
「君たちの自己認識を問うている」
ロー・ジは少し感心した。ツユリ王はそよ風に吹かれてでもいるかのように、あくまで静かに返答をし、声音にはいら立ちがみじんも感じられない。
「自己認識か。我々とは、そうだな。ある意志を同じくした者たちの群れ。あなた方でいうところの国に近いのかもしれない」
サバ女王が答える。
「さっきも言ったように、千年王国は、ヰェナダーの君主を最高位の統治者として、各国の王権は、第一の復活を遂げた、聖徒たちにあるわ。あなたたちが国だというなら、その王とは、誰にあたるのですか」
女王の明朗な声は笑っているようにさえ聞こえた。つられてロー・ジも涼しげに言い放つ
「我々に君主はなく、王もいらない。共同体として、独自に『永遠の命』を、自らの手で得るべく研究している」
王達は、今度こそ何の話が始まったのかと顔を見合わせた。
つづく






