
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第24章 永遠
第1話 天幕
もはや来年のイツダテ飢饉は確実だと言われていた。難を逃れるため、なんとかして国を出たいと願う人々の他、先んじて生活必需品を買い込み、運び込もうとする商人たちでイツダテ国境は大騒ぎになっていた。陸路で身動きがとれなくなると、海路や河川から物資を運搬しようと船までが混雑した。商品は軒並み値上がりし、店の棚から売り物が消えた。木が枯れるというので木材も高騰した。
それでも城内からイツダテの王たちが顔を出さないので、お偉方は先んじて国を出て、南のカルメル島に避難していると言う者がいた。尾ひれのついた噂に怯えた人々が買い占めを行ったり家財をまとめて国を出ようとしたり、それを見た人々が後に続き、イツダテの国内は混乱が最高潮に達していた。他国からの旅行者や商人ですら、母国の証明書がなければ出国できず、手続きを求める人々で関所という関所、役所という役所、果ては銀行までもがごったがえしていた。
千年王国紀八八八年十月十二日
シーダー社のロー・ジたちはイツダテからフェリツまで伸びる幹線道路「王の道」の国境関所に向かった。朝早くからイツダテ城門に城下町の長たちが迎えに来た。長は四輪ポンパドーターでロー・ジ達の二輪ポンパドーターを先導し、街を出た。
国境が近づくほど、道路にも、道脇にも人々が増えていった。イツダテの国境がここ数日で封鎖され、その開放を願う人々であった。
=先導されるって、悪くない気分だな=
ヘルメットに搭載した無線通信機でマナビが言った。
街の長の車はオレンジ色で、ボンネット部分にイツダテ城下町の小さな旗が掲げられて、速度でちぎれそうになりながらせわしなくはためいていた。この日のために、王の道は交通整理がなされて道が開けられた。一行をさらに取り囲むように警護団が付き、国境付近に陣取る人々やポンパドーターの間を進むことができた。
あと少しで入国管理局が見えてくるというところで、控えていた案内のポンパドーターが合流した。「王の道」を右に逸れた。蓋光林は低い木々がまばらに並ぶ林になった。林のむこうは赤土の荒野が広がっていた。左手に国境の山脈があるほかは、だだっ広く何もない大地だった。林の木陰には国境の開放を待って野営する人々のテントがぱらぱらとあった。ロー・ジたちは導かれるままに進んだ。
=食ったよな、今=
=汚い。信じらんない=
マナビとキズキが言いあった。
ロー・ジが見ると、荒野の乾いた赤土の上に、それぞれ青い傘をさしてしゃがみ込んでいる男が二人いた。一人はほとんど黒と言って良い、深い草色のマントを着て、フードを被って後ろを向き、得体が知れなかった。もう一人は猪の形に編んだ籠を被り、片手にスプーンを持っていて、柄の尻を持って振っていた。それがちらちらと光るのだった。
=あいつら、土を食ってた=
=あ、虫じゃなくて? =
=土と一緒に、虫も食った可能性がある=
技師たちの会話が聞こえたわけではないだろうが、猪がこちらを見た。
=うわ、こっち見たよ=
マナビはまるで野生動物と目が合ったように興奮した。猪はマントの男に語りかけたようだった。男が振り向き、こちらを見た。傘の下で、マントからわずかに覗いた顔は青く染まり、陽の強さのために影も濃く、速度もあって、男の顔はわからなかった。彼の手にもスプーンが握られていた。男二人は立ち上がって、ロー・ジたちの目指す同じ方向に歩き出した。
蓋光林は荒野の途中で途切れていた。そこに大小の天幕があった。大小のポンパドーターも停められていて、人も多かった。着の身着のままでキャンプをしている人々の中を通り抜けたあとでは清廉さが満ちていた。
ロー・ジたちは天幕から離れたところでポンパドーターを停めるように指示され、降りると、武器を所持していないことはおろか、防護服を着た医療班が出てきて風邪を引いていないかまで確認された。
ひときわ大きな天幕が中央に張られていた。草色の衣の人々と、冴えた青の衣の人々とが入り混じっており、天幕を彩るように、フェリツとハタジャの国旗があしらわれていた。
中央部に導かれると、無造作に配置されているようだった周囲の天幕、ポンパドーターや人員が、入り組んだ壁のようにぐるりと取り囲んでいるのがわかるのだった。
草色の衣の男女と、三人の青い衣の者とが立っていた。彼らがこの場では最高位の者であることが伺われた。ロー・ジたちと相対しても、高位な者たちは挨拶をせずに、何かを待っているのだった。ロー・ジはこちらの口上を待たれているのかと思ったが、目の前に立つ人は、もっと後ろを、遠くを見ていた。
「すまん、つい」
声の方を見ると、マントを着た男と猪がいた。従者が一人、男がマントを脱ぐのを手伝おうと進み出た。男は先に、猪の持つスプーンを彼の手から抜き取って、自分のスプーンと手中でまとめた。スプーンは金属の音をたててぶつかり合いながら従者の手に渡された。
男がマントを外すと、念入りに物々しく仕立てられた交渉の場が、完成してぴったりときまった。
つづく






