千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第21章 洗礼
第2話 決意
「外からもたらされたはずの菌が、ヰェナダーの、そしてこの森の味をさせているというのは、どういうことなのか」
ツユリがたずねた。
「演習林は、森を建て上げる時の強壮剤として、ヰェナダーの土を持ってきているなぁ。そこから九百年近く経って、ゆっくりと独自の土が出来上がっていったはずだが。イツダテの建国時にも、同じような植樹法を採用していても不思議はない。今回の菌とどういう関係になるかというと……」
フェリックスは植樹や菌などが好物のテーマなだけに、長々と思案した。ツユリは急を要する議論を進めることにした。
「オルククよ、この度の演習林の汚染では、古い木ほど菌による腐食が早い、ということだな」
「はい。老齢のために細菌に侵されやすかった、とも思ったのですが、感染場所の全体の傾向として、高齢になるほど腐食が早く、若木はなんの影響もない、というのは、通常の感染では、まず見られないことでございます」
「それが、人間についても当てはまると」
ツユリが言った。
「はい、太公は、菌に触られて、すぐにお顔が痛まれだした」
「先に菌に触ったのは、手だけどな。どこかで擦り剥いたんだろうと思ってたけどな」
オルククは腕のかぶれを示す。
「私は、一時間ほどで腕の傷に菌糸が覆いはじめ、菌に喰われ、低温火傷のようにじゅくじゅくになりました」
「うーん、僕は、もうあんまり痛くないかもしれない」
ヤオが言った。ウィスターは落ち着かない。
「いいかげん、消毒してもいい?」
「まだお待ちください」
オルククは容赦無く制した。フェリックスが言う。
「栄化体を、積極的に食べる菌ということか。たちが悪いな」
「木についても、人についても、古いほどに早く喰われると」
ツユリが言った。
「古いって言われると、なんか傷つくな。まあ、古いことにかけては、王は最古参に違いない」
「人については一旦置いておくとして、今は木だ。高齢の木ほど、重大に感染するというのに、根は広域に這っている。根から根に、感染が広がっていく可能性がある。しかも古いほど早いとなると……この山で相当に長寿の樹となると」
ツユリはだんだん声を低くする。
──かすみ柳。
山頂に何百本と植えられた、この土地を支え、象徴するかすみ柳が菌に侵されれば、どれだけの影響がこの土地にもたらされると言うのか。
「だから、言ってるだろ。一刻も早く、燃やすしかないって」
フェリックスは立ち上がり、机の上に広げられた、演習林の地図を見下ろした。汚染が確認された場所に印がつけられていた。感染場所は、演習林の南半分を三つに分断する二本の川に挟まれた、南南西の三角地帯に集中していた。ダイモニゾマイはほぼ意識のないまま歩き回ったが、川を渡ることがなかったのだろう。
「今一番病気が進行しているのはどの樹だ?」
「これです。根元が真っ白くぼろぼろになっています」
村人は、地図の赤い印を指した。
「この樹の根の広さは、半径五百メートルだとしよう。まずは川の境目の木の根を、確認するんだ。ここまで菌がまわっていたら、燃やす範囲を広げなくてはいけない。まわっていなくても、南南西一帯はすべて焼き払う。ツユリ、周囲の町々と、城からも増員を要請してくれ」
「南南西を、全部?」
村人たちは互いに目配せした。演習林の実に四分の一の広さなのだ。それに──
「カニカ様の、戴冠記念庭園もあります。あの、あの、あの周りの木はまだ無事のはずです」
「せめて、戴冠式まで様子を見られては」
皆は、庭園に心血を注いだヤオもこの場にいたために、なおさら熱を込めた。
「菌ははっきりと見えるものではないんだ。時間をかけて変異することもありえる。戴冠式までに、地下深くで菌がまわってしまえば、結果として山頂のかすみ柳にも火をいれることになるかもしれない」
フェリックスは森の者たちが迷わないようにつとめて厳しく言ったつもりだったが、やや思いとどまった。
「なにもこれは、私のかすみ柳が大事で、カニカの庭園がどうでもいい、と言ってるんじゃない」
「それはもちろん、もちろんでございます。しかし戴冠式は五十年に一度で……、あの庭園というのは」
レヘム村長は、論争の場ではつとめて寡黙になるヤオを代弁するつもりだった。
ヤオは村の、いや国の誰よりフェリツ開拓全史を読み込んだ自負があり、フェリックス王に信頼していた。大公が燃やすと言ったら、それはもう燃えるんだろう。なんなら演習林全体を燃やし尽くすと覚悟していた。王だってできうる限り容赦したのだろう。
フェリックスは予想よりも森の人々が食い下がってきたので、あまり出したくなかった札を切ることにした。
「私が心配なのは、仮に最悪の事態、高々と聳え立つかすみ柳に火を入れることになったとして、あれほど繊細な葉で、かつ柳特有の成分を多く含んだ樹に火を点けたら、粉塵爆発のごとき連鎖的な大惨事になるかもしれないということだ。いわば天然の巨大な導火線として、山から山に、ここいら一帯が吹き飛びやしないかと思うんだ。楽観的に見れば、柳の薬効が風に乗って飛散して、国中の人々のイボがコロリと落ちるかもしれない。さもなくば、みんなの胃が数年にわたって荒れるかもしれない」
村長は、この場に及んでフェリックス王が冗談めいたことを言うので、かえって恐ろしくなった。覚悟を決めるしかないのだ。
「宗王、ツユリ様、この森はあなた様方が建て上げ、惜しみなく、私たちに託してくださいました。これもまた、摂理というものなのでしょう。あなたがたが、これを、う、うば、奪われると言うのも」
村長は最後の言葉をやっと絞り出すと、泣き出した。王達を責めるつもりはなく、己が不甲斐なかった。あるいは奇跡の力で災厄を消し去ってくれるものと、どこかで期待していた。依頼心がまた、こころの弱さだと思い知ったのだった。ツユリは村長に寄り添った。
フェリックスは言った。
「奪うのではない。我々の森がどうのという前に、まず我々が斃れてはいけない。気をしっかり持て。目の前にやるべきことがあるんだから」
フェリックスは村の長に対し、なお強く言った。森の者たちも互いに視線を交わし、励まし合った。
森を焼こう。人々はこころを一つにした。
つづく






