千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第15章 枯れ骨の谷
第7話 最果
ロー・ジが枯れ骨の谷に行くことができたのは、サリーと共に、曇り空を利用して、ハーブ摘みに出た時だった。蓋光林の草むらや、農地のわきに生える野草を探しながら、遠くまで歩いて来た。昼食をとりながら自由時間とした。
ロー・ジはエアポンプ式の小さな自走機械を走らせながら、右に左に寄ってしまうのを、どうにか直進させようといじり回すことに夢中になっていた。車体の上部には、空気を充填するための透明なタンクがついていた。なめらかなボトル型で、ガラスではなく、薄く、丈夫で、軽かった。シーダーが、街で見つけたものを、彼にプレゼントしたのだった。
サリーの目からロー・ジが離れても、少年がタンクに空気を詰める、ポンプを上下させる音が、規則的に聞こえていたので、耳でそれを追いながら、小説を読んだ。やがてひときわ大きな駆動音が聞こえてきたが、風が蓋光林を揺らし、ざわめきの中で物語に夢中になっていた。
「よお」
サリーは振り返った。ロー・ジがいた。少年にしては声が太い。その先の道路に、四輪ポンパドーターに乗ったシーダーがいた。車内には他の男たちもいた。
ロー・ジは、シーダーにボトルが活用されているところを見せた。
「さすがだな」
シーダーは、エアポンプ車が動いているのを見る間もなくほめた。ポンパドーターの模型だと思ったのかもしれない。
サリーは僧房の方角を遠目に見たが、房も、人も見えなかった。
「枯れ骨の谷に行くの?」
ロー・ジがたずねた。
* * *
北へ向かった。やがて蓋光林が途切れ、厚い灰色の雲が切れ切れになりだした。荒れた草原にまだらの影が流れた。旧い太陽は真昼から西にかたむきつつあって、強い風と光線が、念入りに海岸沿いの大地を乾かしていた。遮光版越しに見ると、旧い太陽の輪郭が見え、かつずっと眺めても眩しさを感じない。
「ロー・ジ、太陽を眺めすぎちゃだめよ」
サリーがしきりに注意してくる。
「まぶしくないよ」
「子供の目は弱いんだから、潰れちゃうわよ」
少年は向かう先の、切り立った茶色い崖を見た。どこまでも続く荒野で、目印がないことには、どれだけ進んだかもわからなかった。「谷」を目指しているはずなので、山や、絶壁が現れることを期待した。
車は道なき道を進み、上下左右に揺れ続けた。籠に集めたハーブの香りが気分を爽やかにしてくれたが、ロー・ジは胸が悪くなって来た。サリーの膝に頭を預けて、ひと掴みのハーブを鼻にくっつけて耐えた。
「酔ったか」シーダーが言った。
「そうね」サリーが言った。
車のエンジンと砂利を蹴散らす音の向こうで、大人たちの会話が遠く聞こえた。
もう限界だ、という時になって、車が停まった。
少年は高い車高からサリーの手を借りて飛び降りた途端、吐いた。シーダーはロー・ジが吐き終わるのを見届けると、水を渡して口をゆすがせた。
シーダーと男たちは、先に立って何もない方に向かって歩いて行った。
海にはもやがかかって水平線を無くし、西と東の太陽は再び雲で霞んでいた。大地は枯れていたので、少年は、シーダーとその仲間たちが、虚無に向かって吸い寄せられ、陰府に今まさに加わろうとする人々に見えた。サリーと手を繋いで後に続くと、男たちはあるところまで来て立ち止まった。サリーたちもすぐに追いついた。
──滝?
白銀色の滝、ただし音のない、時間のない巨大な滝が、歩いて来た茶色い地面とくっきり境界を引いて、目線から下の視界いっぱいに広がり、海に落ち込んでいた。
時空の墓場だった。街一つ、いや、国一つが、一日で引っ越しを余儀なくされ、家財道具から、日用品から、車から、果ては家屋丸ごと、人々が総出で担ぎ上げてそのまま海に雪崩れ込み、最高潮に混沌を極めた瞬間のまま凍りついていた。そう、物と物との間には、隙間を埋めるようにして、白骨化した人々もいた。滝のふもとでは波がぶつかって割れ、白く泡立つので、物と潮との境界さえわからなかった。
「惨憺期にたくさん人が死んで、物も壊れて、とりあえず、ここにまとめたんだろうな。ゴミ捨て場と同じさ」シーダーが言った。
「人はゴミじゃないでしょ」サリーは言った。
「あれ、いいよな」
崖の下を品定めするように、仲間の一人コジマが言った。大きな車だった。ポンパドーターのように、車体から伸びる管がなく、やけにすっきりとした見た目だった。
「おう、いいな」シーダーが言った。
男たちは、あれこれとめぼしいものを品定めしながらも、眼下の「お宝」を眺めるだけだった。白い断崖のさらに向こうには、白い灯台があって、カーサブランコの僧たちに、さらに輪をかけて偏屈な世捨て人が、「枯れ骨の谷」を見張っているとのことだった。欲に走って盗掘に手を染めようとする幼子たちに、目を光らせているらしい。
シーダーたちは、観光のふりをして、見張りの目をかいくぐる方法をさぐりに、たびたび訪れているらしかった。
──屈強な男たちでも、世捨て人の僧侶が怖いのか。
サリーには、財宝を目の前にして涎を垂らしていることが、実際手にかけるよりもさもしく見えた。
つづく






