千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第15章 枯れ骨の谷
第2話 応接
「ツユリ様」
従者が、ツユリを会議の場から連れ出すべくやってきた。
ほっとした。フェリックスについての個々人の意見が白熱するより、本題に戻ってきてもらうために、一旦引きたかった。王はことわって離席した。
「会堂の、管理者たちがいらしております」
宮殿の応接室には三人の男女が控えていた。中央の男メノオは、上部が不自然に大きな杖を持っていた。地面に付くほどの長さでありつつ、持ち上げたまま、布で隠した上部をサゴンと手で支え、もう片方の手で杖の中間部を握っていた。重そうであった。ピエドラは、折りたたみの、小さな台座のようなものを持っていた。三人は総じて、愉快そうではなかった。その様子は、フェリックスが、日光の効率的な採取のために、会堂の屋根の傾斜角度を変えろとか、屋上に林を作れとか、無理難題をふっかけた結果、王宮に泣きついてくる時の、彼らのまとう空気なのだった。
「楽にしてよいですよ」
ツユリは、杖を下ろすように言ったつもりだった。
管理者たちは、目配せをした。
「それを、お借りしてよろしいですか?」
杖を持つメノオは、カウチの上の小さなクッションを指差した。
「もちろん」
クッションだけじゃなく、椅子に座ってくれても構わないのだが、と思いつつ、同意した。
ピエドラがそそくさとクッションを取り、床に置いた。ツユリは、はて、自分らもでかいクッションを直に床に置いて座っているしな、と、なりゆきを見守った。
メノオは、クッションに杖を突き刺すように立てた。ほっと息をついて、片手で杖を支えつつ、痺れた手を交互に振ってほぐした。布に包まれた杖の上部も、同じように呼気を吐き出したかに見えた。ツユリの杖への注意を遮るように、メノオが仰々しく切り出す。
「寛大なるツユリ様、あなたは、フェリックス大公の編み出された、菌魂転送術の、王宮での擁護者であると、伺っております」
ツユリは、今朝方、術の大失敗を見て、さっきまで事後の議論に揉まれてもいたので、いつにもまして表情に気を配った。転送の失敗が漏れ、期を捉えて、会堂からも苦言を呈されるのだろうか。
「闇雲に使っていいわけではないが、そうだな。正しいことに使うなら、奇妙だが、興味深い技だと思っているよ」
「殿下は、お試しになるので」
ツユリはいよいよ注意深くなった。一方で、管理者たちの声音は、さほど非難の色を帯びていなかった。
「行けて、国境までかな。しかし、使う機会はほとんどない。城の決まりで、令主の許可がいることに、なっているしね」
──一応は……。フェリックスと転送術で城をこっそり抜けだしたことは、一度、いや二度ならずあった。それは、今ここでの話題には関係ないだろう。
「では、どのようなものかは、よくよくご存知でいらっしゃると」
「まあ、フェリックスほどではない」
ツユリは、管理者たちをのらりくらりかわしながら、ますます布の中が気になってきた。同時に不安もつのった。今朝、冗談で鉢植えにフェリックスを“生やす”ことを話題にしたが、滅多なことを口にするものじゃないな、と後悔した。
「まさか」
わずかに震える指で布を指した。
「フェリックスか?」
しかし管理者たちは何のことかとぽかんとする。違うらしい。いい加減、見てしまうのが早い。
「見せてごらん」
ツユリが覚悟を決めると、管理者たちの方が躊躇した。ピエドラが控えめに言う。
「椅子が、後ろにある方がいいかもしれません」
「いい加減開けなさいよ。まわりくどい」
布の中から声がした。
ツユリはさすがにどきりとした。胸中の正直な言葉が、杖を介して出る魔術がかけられているのかと思ったのだ。布の中は魔法石か?
管理者たちは頷き合って、布をどかした。
──法螺貝。
杖の先にあったのは、逆さの大きな法螺貝だった。つまり巻貝の開いたところが上になっており、とんがったところが下になっている。杖と貝はくっついているのではなく、持ち運びの際の棒形の台座として、鉤爪のようなもので貝を固定していた。
貝は人の頭ほどに大きい。いや、実際人の頭なのかもしれない。殻の口の中に、逆さまの、人の口がおさまっていた。少し離れたところに耳があった。鼻はない。逆さの口が準備運動のように「い」とか「う」の形に動いた。上唇の二つ山になったところに、それぞれほくろがある。
「こんにちは。私は、西の岬の僧で、エフデ、と申します」
口は挨拶をした。
つづく






