
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第15章 枯れ骨の谷
第1話 足並
ウィスターとヤオがフェリシティに帰り着いた頃、フェリツ城内の会議室では、王たちが集まっていた。現在は儚しているフェリックスが始めた調査の整理や、怪物や機器の所見などが共有されていた。壁が大きく波打つように湾曲した、南向きの明るい部屋だった。
窓は整列しておらず、楕円形で、上に下に、じぐざぐと配置されている。床は寄木で、色とりどりの木材が組み合わされていた。王と女王らはめいめい、からだを包むほどの大きさのあるクッションを、好きな場所に持ってきて座っていた。
「──で、フェリックスが儚したというのは間違いないのか? あいつのことだから、どっかの山に急に行きたくなったとかじゃなくて」
王アリコがツユリに尋ねた。
「はい。転送術は、からだ全部を移すものと、一部を移すものがあり、今回フェリックスが試みたのは、後者の方だったと思います。枯れ骨……カーサブランコは、流石に彼でも遠方なので」
「行くだけでも三万スタディオンくらいあるよな? 伝信部が開くのを待てなかったのか。よくもまあ」
アリコは手元のメモに簡略化した弓大陸図を書き、フェリツとカーサブランコの点を、ペンで行ったり来たりした。
「それが彼ですから」
ツユリが右の眉を上げて微笑んだ。
「からだをある程度残して行ったのに、なんで失敗するかしら」
女王ヘカテイリャは、艶々した長い髪に手櫛を通し、ひときわうねりのある毛を探しながら言った。
「高官の話によると、フェリックスは昨日午前にヰェナダーから帰ってきて、そのときには相当疲労していて、ろくな休憩も取らずに、イツダテに関する情報を集めていたそうです。長距離の転送を試みるには、肉も精も、相当不安定になっていたんでしょう。残っていたからだは、ほとんど虫や菌に喰われてました。それでもなんとか帰りつこうとした矢先、騒動があって、肉を建て上げられないほど、精も霊も分断されてしまった、と考えます」
「これだから、転送術を、やるときは」
ルツ令主は一語一語発するたびに、クッションをぼんぼん叩いた。「我々に、ことわって、からに、してくれって、何度も、何度も」
大きなクッションの中でも、特大のクッションに座って、小山のようで、あまりに大きいために、小柄な女王サバもその片隅に座って、はずみで振動していた。
王クアンキが言った。
「フェリが戻ってくるまでは、今日未明に城に侵入したという、その、ダイモニゾマイ〔悪霊の支配を受けたもの〕か? そいつの検証を進めればいいのかな」
「そのネーミング、誰が決めたの?」
サバは「趣味が悪い」とでも言いたげに眉をしかめ、ルツと目配せした。
「男性の異常状態を表すために、仮にですよ。何かに取り憑かれたようにして、人を殺そうとまでしたというので。おそらく、埋め込まれた機器のせいだと思いますが。や、そう思いたいんですが」
ツユリが言った。
「イツダテについてはフェリックスの召命だ。彼のいないうちに、我々があまりかき混ぜるのはどうなんだ」
王ヴァルターが腕を組んでふんぞり返る。
「イツダテは我々の兄妹、フェリックスも我々の兄弟です。彼の召命は、我々の召命でもあるはずです」
ヴァルターは足を小刻みに揺する。
「それならそれで、もっと事前の根回しとか、足並みを揃えてだな」
ツユリはどう議論を運んでいくか手詰まりを感じた。このままだとフェリックスの素行会議になりかねない。儚すると、ヰェナダー法で謹慎をくらう可能性が高く、城内で味方を増やしておきたかった。君主からの召命の結果とはいえ、処分を言い渡されたら、議会に恩赦を申請しなければならないから。
ツユリはいろいろな可能性のうち、最短でフェリックスが戻って来ることを想定して、明後日の朝までには、王を迎える転送の〝港〟を用意しておきたかった。再度ヰェナダーからポンパドーターで移動すれば、フェリツ到着時期には俄庵の祭りが始まってしまう。八八八年の巡礼期限は祭りの開始から七日後……さすがに時間がなさすぎる。
フェリックスは一度や二度儚したくらいで諦めることはない。復元次第、菌魂転送で移動してくるはずだ。今度は、からだ全部で。
イツダテについては、最近になってフェリックスが騒ぎ出したことなので、フェリツ王室としてどういった態勢で望むか、王族の間で意見がまとまっていなかった。
ヨシャパテ条約締結時にイツダテと決裂した記憶も、四百年を経てなお、色褪せてはいなかった。当時の最高統治者だったフェリックスは、幻滅のあまり七年間も玉座を空にしたのだ。城中が大騒ぎになった。臣民にも激震が走った。彼の執政権を抹消する意見もあった。なおさら、なぜ今、フェリックス自らがイツダテを気にするのか、理解に苦しむ者たちが大半だったのだ。
フェリックスの召命から二週間以上経った今でも、王たちの腰が重いのだから、さらに協議に時間を費やしたとしても、どこまで足並みを揃えられるかわからない。なんせ、二十三人もいるのだから。
おそらくフェリックスは、そういった城内の空気を覆すために、先んじて、集められるだけの情報を集めようとしたのではないだろうか。ツユリにしても、目先の仕事を優先させていたのだ。フェリックスに協力しなかったことを悔いた。友が文字通り我が身をすり減らしたように、もう少しだけ頑張ればよかった、と。
つづく






