第14章 ミ─ユ─ス─ユ─ア─テ/第2話 観察|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

第2話 観察

 ヤオはシャワーをすませ、リネンの上下に着替えて浴室から出た。ウィスターは即席麺を入れたスープを二人分、鍋から取り分けた。

「私もお風呂いってくるー。二人で先にどうぞ」

 一度浴室に入ろうとしたウィスターは、くるりと向き直った。

「ヤオ、その子、おしゃべりができないから」

「え? おしゃべり?」

 ウィスターは浴室に入り、ドアを閉めてしまった。

 ヤオはまず、女は、子供がするように、むくれて無言になっているのかと考えた。なんにせよ、むりやり連行されたのだから、抗議のために黙秘をするのは当然だ。

「ウィスターが言ってたけど、僕はヤオ。名前がヤオ」

 名前くらいは教えてくれるかな、と思ったが、女はヤオの顔をじっと見たまま何も言わない。名前が短すぎて、他の音に紛れてしまっただろうか。僕はよぉ、名前がよぉ、あ、これじゃあ、これから名乗るように聞こえたかな。

「ヤオ、が、僕の名前だから。短いよね」

──からだは長いのに?

 女はさっと顔を背けた。突然むせたというように、何回か咳払いをした。からだが長くて、名前が短い。笑ってしまいそうだ。でもこれでは態度として失礼だ。もう一度顔をあげ、きちんと目を見て、わかった、と言うように、わずかに微笑み、小さく頷いて見せた。

 ヤオは返ってくるはずの向こうの名前がなく、見るからに異国人風なので、彼女の文化圏では、しばらく当たり障りない時間を過ごし、宴もたけなわになったころ、満を持して、居住まいを正し、もったいつけて名乗り合うのかな、と考えたりした。女はしれっとスープに手をつけ始めたのだ。食べる前にはちゃんと俯いてお祈りのようなことをしたから、礼儀がない、わけではないのだ、たぶん。

 スープを啜り、しばらく二人が差し向かいで過ごすうち、ヤオも、女が文字通り喋ることができないのを飲み込めてきた。

 何かにつけてヤオの腕や、手元を見る。これが彼女なりのコミュニケーションだろうか。落ち着かない。たまにちらちら顔を盗み見られているし、ついにはスープにむせかえった。ヤオは立ち上がり、水を汲み直しに水道に向かった。

──本当に、どこもかしこも、長い。

 少し前に、彼女に「兄」のことを話してくれた人の、目につく限りの部分が華奢で細長かったことで、「兄」をでたらめに作り上げたことを思い出した。その時は笑いを頑張って堪えたが、ぶり返してしまった。だって、想像の中ではあまりに大胆に兄を老いさせたのだ。今度はスープにむせたふりをした。

 ヤオは、もうこれ以上長いと余分だろうと思う、そのもう一つ分長かった。身長が高すぎるわけでもないが、長いために余計に高く見えた。ウィスターが出してくれたリネンのシャツは、肩幅のサイズがぴったりなのに袖が足りてない。裾から脛が見えている。手のひらは縦長で、首が長くて草食動物を思わせる。

 でも、頭は、サリーから推しはかったように、柳の葉のような長さではなかった。全体の印象に比べたら、丸顔と言っていい。顔は疲れて眠たそうだが、肌は張りがあってつやつやしている。髪を整えることにまるで頓着していないのだろう。伸びて襟足や頬にかかり、毛先は荒れてぱさぱさしている。

──果実っぽいわ。

 ヤオの頭を見ていると、枝の間に丸く重たげに結んだ木の実を見つけたように、気持ちが浮き立つ感じがした。それも、人が手をかけて甘く作ったものではなく、野生の、ある日見上げると忽然とぶら下がっているようなやつだ。

 またちょっと愉快になった。唇が疼くのを堪えるうちに、水が届いた。さらに目の前に近づいた指は、やはり長い。爪も、指に貼り付いているところが長い。爪が分厚い。爪の中が汚い。

「君の名前を、どうやって知ろうか」

 ヤオが言った。

──ギターは、ある?

 女はゆっくり瞬きした。

 ヤオは婦人がまっすぐ見返してきてくれた時を捉えて、彼女を、間違いがないか見た。間違いって何だ、と自問しながら。

 まなざしは、こちらが何かを曖昧にしているかしらと不安になるくらい、強かった。目に入ったそばから散り散りに解体されそうな激しさがあった。こちらも迎え打つ覚悟がなければ、無関心の淵に放り込むのであろう深みもあった。ヤオは場所もわきまえず切なくなった。二人はわずかの時間、視線をぶつかり合わせた。

「そういえばねー、とりあえず聞いていい? 名前を」

 ウィスターが濡れた髪で戻ってきた。

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