
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第14章 ミ─ユ─ス─ユ─ア─テ
第1話 再会
ウィスターはヤオを連れて旧市街に戻ってきた。自宅に近づくほどに無言になった。路地を足早に、しかし静かに歩き、家の表玄関に着くと、周りをちょっと確かめた。
上のほうでぱんと窓が開く音がして、女性の声が響く。
「ウィスター!」
医師は跳ね上がった鼓動をおさえて、わずかのうちに、声の主は見知った人のものだと察知し、顔を上げた。何件か離れた家の二階の窓から女性が顔を出していた。馴染みのヤスミンだ。
「昨日のあれ、なんだったの? 人がたくさん、あんたんとこ入ってったけど!」
ウィスターは、声をかけてきた人にとって、慣れ親しんだ声音を出した。
「いやー、さすが、見られてた? もう、大っ変だったのよ。さっき解放されたんだから」
ヤスミンは一度顔を引っ込め、玄関からサンダル履きで出て来た。
「警察? 昨日の。警察署にいたの?」
「まあね」
「どうしたの? 逮捕? 監査? なんかやらかしたの?」
「心配かけて、ごめんねぇ。結局、手違いだったのよ。あ、この人、友達のヤオね。演習林の」
「え! もしかしてオルククのミモスのヤオ? この間新聞に載ってたでしょ! カニカ様の、戴冠記念のお庭でしょ?」
ヤスミンは昨日のごたごたにヤオが紛れ込んでいたことには、気がついていないようだった。
ウィスターは隣人の世間話に付き合い、二人が白く汚れてるのはパン屋の前で小麦粉の袋が破れて被害をこうむったとか、柳の消炎剤の材料調達をヤオに相談するだとか話を丸め込むと、近所に変わった様子がないことにむしろ安堵して、家の鍵を開けた。鍵は遺体の片付けを任せるために、フェリックスの配下に預け、先ほど返してもらった鍵だった。念の為持って出た合鍵を、知り合ったばかりの女に渡したのだった。
いつも在宅中には、戸締りに無頓着だったが、ヤオを家に入れると、錠を下す音が響かないようにゆっくりと鍵をかけた。昨日の臥から締め切ったカーテンはそのままにした。
入ったところにはラウンジチェアが並べられ、左手の両開きのドアの先は執務室に続いている。ラウンジの奥がそのままひと続きでダイニングとキッチンだった。家の中は静まりかえっている。
「お湯を沸かしてくれる? 裏口を見てくるから」
ウィスターはダイニングの左手にある扉から廊下に出て、裏口の戸締りを見に行った後、戻らず、二階に上がった。
ヤオは突き当たりにあるキッチンに立った。光熱調理器のつまみを回して熱を起こし、水を入れたやかんを置いた。シンクに腰をかけて、ダイニングを見回した。キッチン、ダイニング、ラウンジが続く部屋の奥行きは、昨日いた執務室と、研究室を繋げたくらいの、十分な広さがあった。ラウンジの窓が大きく、カーテンは薄地で淡い藤色をして、フロアスタンドのシェードと揃いの生地だ。明るい印象の部屋だった。
ダイニングテーブルは大きい。何冊かの本とペン、書類の他は、何も乗っていなかった。その横の食器棚にはたくさんの食器が収まっていた。食器棚は古びていたが、磨かれ、中も整頓されている。よく使う小ぶりな鍋や食器は決まっているようで、流しの隣に洗って伏せてあった。やかんも使い込まれていたが、使いっぱなしの道具にありがちなように、持ち手や注ぎ口の隅のところに汚れがこびりついてはいなかった。こまめに洗っているのだろう。
台所のすぐ横、ヤオの左手には半分開いた扉があって、向こうは浴室になっていた。細長い空間の突き当たりに、立法形の浴槽があった。壁はタイル張りで、天井は全面が傾斜のある白いガラス板がはめられていて、明るい光が落ちていた。
狭いが、清潔なバスタブを見ているうちに、ヤオは埃と泥にまみれていることに落ち着かなくなった。昨日の朝から雨に打たれ、臥はとっくみあいをし、その間、からだを洗ってなければ、着替えてもいない。
浴室を眺めているうちに、人が部屋に入ってくる音がした。
「シャワーを借りてもいい?」
ウィスターに話しかけたつもりだったが、返事がなかった。
キッチンに視線を戻すと、別の女、つまり、例の女が立っていた。部屋が一段と明るくなった気がする。実際はヤオと似たり寄ったり、いやそれ以上に着の身着のままで裾は泥だらけになり、髪は白っぽく汚れていて、かろうじて顔は拭いたのであろう、しかし疲労と恐怖でやつれていた。だとしても美しかった。
「ああ、君か」
ヤオは、思いつく限り無難な言葉を出した。言った後、相手がつまらないものだという語感がなかったか心配になった。
──よかった。無事に、辿り着いたんだ。ところで、どうしたの、君は、真昼だというのに、ぴかぴか輝いて。
ヤオはこころを注意深く見張っていないと、前のめりに会話を進めてしまいそうだった。次の言葉が出てこない。
青年が露骨に関心を寄せてくるわりに無口なので、女も物おじした。普通は自己紹介が続くべきだが、昨臥すでに対面しているだけに、どう切り出したものかわからない。
ウィスターが女の後からダイニングに現れ、婦人の肩にショールをかけながら言う。
「シャワー? いいよ、入ってきて。着替えは、お客さん用のが山ほどあるから。かわりばんこに入ろ。ヤオが先でいいよ」
つづく






