千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第13章 ダイモニゾマイ
第2話 撃退
状況が整ったと見て、騎士は引き上げるために乗り物を操ろうとした。しかしそれは動かず、ヤオたちの方を見た。
ヤオは、エソーを視界に捉えつつ、隙をついて襲ってくるかもしれない騎士にも備えねばならなかった。霧の向こうで輪郭だけになっているが、騎士の跨る動物の、膨らんだ胴体から伸びる脚は、馬よりも、駝鳥よりもすらりと長く、長いだけの太さもあるのだが、肉や皮に覆われているのではなく、硬い骨格が剥き出しのように見えた。
──変な、生き物だな。
記憶の中の図鑑を辿っても、行き当たらない珍獣だ。胴体と脚のバランス以上に、頭部の形のためだった。
頭部が妙に大きい。前に突き出ている、太い首から頭頂にかけてが、一つの頭のような印象を受ける。
──天敵を威嚇するために、頭部が大きく見えるよう、擬態しているのだろうか。でも、あの部分は、まるで……。
「行くぞ、ディー」
騎士は言った。
「ヤオ!」
ヤオが女とウィスターの前に立っていたために、敵はヤオに向かって刃を向けて迫ってきた。エソーの左後ろからスグルが殴りかかるのを今度はかわした。警備員は勢い余って、ゴヤの進路に転がり込んでしまった。
ヤオは、足元の焚き火をエソーに向かって蹴散らし、敵がわずかに守りに入った隙に、懐に踏み込んで、両手で男の両手首を押さえた。
──鍛えてきた人の力だ。
押さえた腕の中に、幹のように強固な筋肉を感じた。ただ、相手は負傷しており、さらにヤオの木登りで鍛えた筋力は男に匹敵した。
エソーの目の焦点は定まっていなかった。孔からは、生暖かく、腐った玉ねぎのような臭気が吐き出され、容赦なくヤオに浴びせられた。以前にオルククが心労で胃を痛めた時に、同じような臭いがしたのを思い出した。ずっと何かで苦しんだ人の息だ。正常な気持ちで、やっていることではないのだ。ヤオはまだわずかに目の前の異常さを受け入れられず、ここに至っても、男を哀れんだ。
二人の力は拮抗した。このまま引けば、刃物を持つ相手が有利になる。
ヤオは覚悟を決め、額を、エソーに向かって思い切りぶつけた。
ぐしゃ!
エソーのフードの向こうで、何かが潰れる感触と音がした。頭蓋骨にしてはあまりに脆い。
「おお〜〜あああ〜〜〜!」
男は宙を仰ぎ、ナイフを落とし、周りを凍り付かせるほどに咆哮した。
孔から血がだらだらと流れる。
「えっ、そんなに?」
ヤオは頭突きを悔いた。こちらはさほどの衝撃がなかったし、卵を潰したようだった。
エソーは体勢を崩し、こともあろうに、フェリックスが座すところに倒れ込んだ。すでに頭部を落としていたフェリックスは、男の全体重がかかると、何の抵抗もなく崩れ、布の下から真っ白な粉が立ち上り、いっときはそこにいる者たちの互いの姿が完全に見えなくなった。
スグルとゴヤは盛大にむせかえった。
「な、な、何だこの粉は」
エソーは無防備に大きい鼻口のために、粉を吸い込んで発作的に苦しみ、胃を吐き出すのではないかと言うほど咳をし、目から涙を、孔や口から血の混ざった水を垂らし、えずき続けた。
「拘束だ。とにかく」
粉塵のなかでのたうつ男に馬乗りになり、押さえる。
ウィスターが駆け寄る。男のフードをよけると、髪は剃られていて、額の中央が何かを埋め込んだように盛り上がり、それがヤオの一撃で潰されていた。
「とにかく、この人をお城に運んでくれる? 手当がいるわ」
「縛っても、いいでしょうか。また暴れては」
スグルは手近にあった、フェリックスを隠していた布を男のナイフで裂き、拘束帯にした。
ゴヤがヤオに礼を言う。
「君、助かった。ありがとう。怪我は」
「大丈夫です」
ヤオは額を撫でながら言った。
「すまないが、男を運ぶのを、手伝ってくれないか。おれは、その人を連れて行かなくては」
ゴヤは女を指したはずが、そこに婦人の姿はなかった。
「あれ! いない、いない!」
「逃げたか! 追うか?」
警備員たちはあたりを見回すが、霧のためと、粉塵ために、周囲はよく見えなかった。
ヤオがおずおずと言う。
「あの、すみません、一つ」
スグルはもうこれ以上仕事を増やしてくれるな、と言いたげに応じる。
「なんだ?」
「フェリックス大公が、いないんです」
「何で、今ここで殿下の話だ」
「いなくなったんです」
ゴヤは、女を追いかけてきた先でヤオとウィスターがいたことを思い出した。
「探しに来ていたというのか? 君たちが、殿下を?」
「菌魂転送中だったんです。そこで」
ウィスターが白い粉だらけの木の根元を示した。埃がおさまってくると、そこには雑巾のように汚れきった王服と、やっと人のものと判別できるほどの、黒い毛と骨が散らばっていた。エソーが上で暴れたため、無惨にも崩れて、粉と土と一緒くたになっていた。
「菌魂、転送? しかし、これは……」
スグルは自らもしかとは見たことのない転送の跡が、あまりに凄惨なので言葉を失った。
騒ぎを聞きつけた警備が、さらに数人やってきた。来てみると、城の関係者ではない男女がおり、見るも恐ろしい怪物が苦しんでおり、人も木々も白く汚れている。皆驚きつつ、一連の騒動にフェリックス王が絡んでいたと知ると、さもありなんと言った様子でため息して首を振る。
ウィスターは先のスグルとゴヤと共に、男の処置のために城へと戻った。
ヤオは現場に残り、改めていきさつを話し、フェリックス王は菌魂転送中に崩れてしまった、と伝えた。
警備の一人は、城内でもフェリックスにごく親しい王族をまず呼ぼうと判断した。
「ツユリ様を、お頼りするしかないな。私が行こう」
ツユリ王を伴って戻ってくるまで、現場を見張るように何人かと打ち合わせた。ヤオも、王に事情を説明させるために残した。
つづく






