
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第10章 フェリシティ
第1話 齟齬
医師ウィスターは、昨日の夕方、フェリシティの医師会から、「オイ」が出たという知らせを受けた。場所は街から三百スタディオン近く離れたレヘム村、つまり演習林とのことだった。
ウィスターは患者を診るよりも研究に従事する医師だったので、オイていて、しかも倒れたというその患者には、誰か詳しい内科医あたりが駆けつけ、呼ばれるとしてももっと後だろうと思っていた。臥遅くまで論文を書き、翌日は何も予定がなかったので、雨音を聞きながら朝寝をした。
遅い朝ごはんを食べに、近くのカフェに行くと、医師会の仲間がいた。論文のまとめきれなかったところを聞いて欲しいと思い、彼の卓に座った。
「昨日のオイはどうなったんだろうね?」
ウィスターは両手に抱えるほど大きい、それだけでお腹がいっぱいになりそうなカフェラテをすすった。
仲間はウィスターを見たまま、口をもぐもぐさせて、口角にはパンの粉がこびりついている。何か言いたそうにしていたが、サンドイッチを口の中で渾然一体とすることにも余念がない。
「君が」
サンドイッチを飲み込み、次は炭酸水を飲んで、口の中のものを流し込んだ。
「君が行くって、フィユが言ってたけど」
ウィスターはカフェテリアのカウンター奥の、普段はろくに顧みられない時計を見た。十一時を過ぎていた。ここ五十年ほど「急ぐ」ということを忘れていたが、落ち着きなくカフェラテに何度も口をつけ、チーズオムレツが配膳されるころには、お腹がぱんぱんになってしまった。
カフェから出てまっすぐ、街の中心部にある医師会の、古びた石造りの建物に入った。
上役フィユの執務室のドアをノックし、扉を半分開け、顔を覗かせた。相手は机にはいなく、応接用のソファに寝っ転がり、書類を読んでいた。
「あの、昨日話してた、オイの件ですが」
ウィスターは言った。
「ああ、報告書は、来週中でいいから」
フィユは言った。良く言えば呑気、悪く言えば緩慢であった。ソファの前のコーヒーテーブルには、山ほどの書類が積み重なっている。
「聞いてませんよ」
「えっ?」
「聞いてません。行ってません。レヘムには」
「だって。オイの研究がしてみたいって、言ってたじゃないの」
──いつの話よ……。
ウィスターは他に誰も演習林に向かっていないことを確かめ、医師会の建物を出た。
街に降る雨は本降りになっていて、演習林に向かうポンパドーターバスも運休していた。午後には晴れるという。自転車で行けるところまで行ってから途中でバスを拾うのと、バスの運行開始を待つのと、最終的に村に到着する時間差はわずかだ。それでも、少しでも動いている方が気分がましだ。往診鞄をカゴに積んで走り出した。






