第2章 プランタリウム/第1話 造園|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

第1話 造園

 千年王国紀八八八年 七月

 弓大陸北東部の大国フェリツ

 王都フェリシティから南東に下った耕作地帯──。

 森林部へと続く並木道を、マロニエはからだの何倍も大きな荷車を引き、モーター音の規則的な振動に合わせて一歩一歩進んだ。強く踏み出すと、からだがわずかに浮き上がり、跳躍しながら走っているようで、それでいて補助動力のためにいっこうに疲れない。不思議な高揚感に包まれ、自然と笑顔になった。

 荷車の大部分は、かつて業務用冷蔵庫だったものを仰向けに寝かせた、大きな保冷庫だった。日光よけの幌が全体を覆っていて、側面には陽気なピンク色の字体で「マロニエのフレッシュスムージー」とペイントしてある。行商に使うのだった。

 大容量のブレンダーが一体化していて、冷却器やモーターを駆動させるための光動力機関からは、パイプオルガンのように管が突き出ている。金属とガラスでできた集光機で、幌の上まで伸びている。

 動力機関は車輪の運動を補助してもくれるので、大袈裟なほど大きな屋台車を女性が引いても、さほど重労働ではない。あらゆるものが有り合わせで取り付けられているので、ちぐはぐな印象だが、商売人のセンスによって、新鮮野菜と果物で作るスムージーの、素朴な美味しさを演出しているのだった。

 スムージースタンドの白い幌は、木陰でもよく映える。並木道の間にちらちらとマロニエの姿が見えると、農作業中の人々は、ああ、あの冷たくてシャリシャリしたスムージーでも飲んで、一休みしようかな、と手を留める。マロニエは、相手が遠い畑で豆粒のように佇んでいようと、見込み客を鷹の目で射貫き、柳製のキャップを脱いで大きく振ってみせる。「マロニエは笑ってる」とわかるくらいに頬を引き上げる。すると皆、小走りにスムージースタンドに吸い寄せられてくる。

 このやりとりの積み重ねで、「マロニエのフレッシュスムージー」といえば、近隣では知らない人はいないほどの有名屋台となったのだった。

 しかし今日は、農地や牧場の人々には目もくれない。重力なんてないかのように跳躍して走りながら、たまに知り合いと手を振り合うくらいで、並木道を突き進んでいく。

 「演習林」と呼ばれる森の入り口まで来ると、跳躍の勢いを徐々に緩め、立ち止まった。またキャップを脱いで、汗ばんだ顔を扇ぐ。樹々が緑の壁のように聳えている。木立と藪の間にかろうじて轍と判別できる道があり、森の奥へと続いていた。トンネルが作る影の濃さを目で確かめ、動力機関の出力「強」を「セーブ」に落とした。モーター音は木々のざわめきの中に紛れるほど小さくなった。もう帽子は必要ない。荷車に取り付けたフックに掛け、木々が作った「門」に踏み入る。

 森の中を進むうちに、濃い影にも目が慣れてきた。幹は真っ直ぐに伸びているのではない。地面から螺旋を描くように立ち上がったり、すでに何十キュビトもある幹どうしが互いに巻き付いていたり、網のように互い違いに絡み合ったりで、塔やモニュメントのようだ。木々を仕立てているのはこの森の「庭師」たちで、職人の手にかかると、生きた木は粘土のように可塑性を持った従順な素材になるのだった。

 幹は遥か上空まで立ち上がる。陽光が差し込み、光のベールのように行く先を隠している。葉と枝の間を通り抜けても、日の光はくっきりと筋が見えるほどに強い。まつ毛に光が落ちると、重みさえ感じる。

 時折、ノコやハサミで断たれた枝が、がさがさと落下する音が聞こえてくる。庭師たちは、一度も地面に降りることなく、からだの何倍も太い枝を渡りながら、黙々と仕事をしている。よく目を凝らさない限り、人の気配には気が付けない。蜘蛛よりも静かに、森に溶け込んでいるのだ。

 林道を抜けて、広々したところに出た。柔らかい腐葉土に車輪を取られながら、機材を動かして、身長よりも高いガラス管の上部を、作業用に仮設した集光ポートの下にさらした。出力を「強」に戻した。陽光から集めた光エネルギーがガラス管に充填され、コンプレッサーを駆動し、運転音が大きくなっていく。

 保冷庫の開閉扉を持ち上げると、冷気が白く立ち上った。氷やリンゴ、ベリーを取り出してブレンダーに放り込み、スイッチを入れる。最初はガリガリと音を立て、あっという間になめらかなスムージーが出来上がった。

「差し入れだよー!」

 マロニエが明るい声で叫ぶと、庭師たちはわらわらと樹上から降りてくる。その様子はさながら、操り人形が糸に吊るされているようだ。皆が皆、色々な形の柳籠ですっぽり頭部を覆っているために。しかもどこに隠れていたのかというほどの大人数だ。

 カップに注いだ冷たいスムージーが次々振る舞われる。皆、籠の口元に空いている隙間に太いストローを挿したかと思うと、あっという間に飲み干した。

「蒸し暑いなあ、やっぱり」

 やかんの形の柳籠を被った庭師が言った。

「お披露目までに、もう少し、風の通り道を工夫しよう」

 この庭師はいちじくの形だ。

 村で造園に従事する者たちが総出で、壮麗な庭園を仕立てているのだった。

 土地の豊穣さと充分な光量で、樹々はあっという間に巨木に育つ。今作業している庭の柳は、幹が滑らかに伸びるよう、若木の頃から手入れを重ね、表皮は大理石と見紛うほどだ。

 円形に空間を作るように柳が取り囲み、はるか上にあるドーム型の天井部で、均一に整えられた枝が、緩やかにアーチ模様を描く。庭園でありつつ、枝葉が緻密な計算で重なり合い、陽光は極限まで絞り込まれている。四方に配された光ダクトの採光を落とせば、真っ暗闇の堂になるはずだ。

「なんとか間に合いそうだな」

 庭師たちの表情は籠で隠されているものの、王冠を模した枝ぶりに満足げなのが伝わってくる。柳製の籠と言っても、紙を編んで作られたかのように薄く軽やかだ。マロニエは演習林から少し外れたところに住んでいるので、古い風習が残っている森の人々を見ると、いつも少し圧倒される。

「ヤオー、休憩だぞー」

 庭師が声をかけた先、ヤオと呼ばれた背の長い男は、脚立に半分登ったところから動かない。同じく頭部は……キツネとらっきょうの中間のようなのっぺりとした柳籠だ。さらに身体中、包帯やらサポーターに覆われている。マロニエはぱちぱちとまばたきをした。

「前より悪化してない?」

 そばにいた庭師は否定の意味ではなく、呆れて籠を振った。多少大袈裟に見えるのは、相手に「首を振っている」と伝えたいがためだ。

「こないだ、町内会の終末訓練があったんだけど」

「ん? それって、ヤオには厳しいんじゃ? 年齢的に」

「たまに紛れ込んでるんだよな。あいつは。何を思ってか知らんが」

 炎天下に柳籠も被らず薄着で訓練をしているうちに、頭から足まで火傷するほど日焼けしたそうだ。マロニエはずっと年上の熟練庭師にさえ臆することなく、責めるように言った。

「誰も注意してなかったの?」

 庭師もマロニエの態度を意に介さない。

「してもしても。ヰェナダーの光量はこんなもんじゃない、とかわけわからん事言って聞かないもんだから」

 やけどで包帯まみれになろうと、庭園の造形には手を抜かない。身体の自由がきかないのに高所まで登り、案の定転落し、全身打撲であちこちを骨折したという。それでも、庭師たちはそれがヤオという奴だからと、諦め半分で話すのだった。納得するまでやらせておくしかない、あいつの骨は「かすみ柳」みたいにしなやかだ。それに、下に石を敷く前でよかった、落ちたのが、やわらかいとこで……と。

 ヤオは頭上を杖で示す。そばの庭師は顔を近づける。

「なんだって?」

 首のサポーターが邪魔して仰げない分、杖を高く振り上げようとした。とたんに縮こまる。痛みが走ったのだろう。ぼそぼそと何かを伝えた。

「細かいところは、視察の直前で整えたらいいだろ?」

 ヤオは説明を諦めて脚立を上り、手近な枝に飛び移った。怪我を感じさせないほど、するすると登り始める。あっという間に高いところに達する。顔に不思議な形の柳籠をかぶっているだけに、どこか妖精めいてすらいる。

「元気そうね。樹に触ってさえいれば」

 マロニエが安心しかけた矢先、庭師の一人が叫ぶ。

「あ! ヤオ、その枝は……」

 ヤオが足をかけた枝が、予想以上にしなり、めきめきと音を立てて折れた。

「……まだきっちり固定できてないんだ」

 充分な受け身も取れずに、どさっと地面に落ち、動かなくなった。

「今度こそ、死んだか?」

 庭師たちは駆け寄ったが、動作は「またか」と言いたげに緩慢なものだった。

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