千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第30章 カルメル大火
第3話 変革
室内はアミュテュスとロー・ジから、ヤオとロー・ジに注目が切り替わった。
ロー・ジははじめこそ、アミュテュスのみならずヤオさえ傷つけようとしていたが、アミュテュスの顔がみるみる赤くなり、今にも、またお得意の発狂が見られるだろうと面白く、元妻の顔面に夢中になっていたので、ヤオの声が真実なのか、出まかせなのか、判別できるほどの注意を怠っていた。ちょっと振り向いて、男の顔を見ればよかった。
自分の分析力なら……彼女は変わったのか? 出会い、結婚して、出産して、家庭から逃げ出し、声を無くしても、本質的には頑ななまでに変わろうとしなかった……その一点においてのみ、やっと自分と似ていた女が、一年足らずで、この田舎臭い……おそらくは女を知らない男によって変えられたと言うのだろうか……しかしもはや、青年の顔を見ると言うことが、当惑に彩られた自らの表情を見せることと同義になっていた。
だから、じっと、アミュテュスの、涙が溜まって光を余計に集める目の中に、おそらくは入り込んでいるヤオの姿を探した。しかし女の顔は、ロー・ジが徹頭徹尾軽んじたように、感情が溢れかえり、全ての悲しみと激高とを表していた。その中にかろうじて懺悔が含まれていることを……見ることができなかった。
* * *
アミュテュスは、こころをずたずたにしてくる夫がぐらついて倒れようとしている時に、もう勝ちたくなかった。今、ヤオの方を向けば、元夫はたちまちのうちに悟るだろう。元妻はヤオに何も打ち明けていないことを。こころ優しい恋人がいたとしても、ろくに変わってこなかったということを。単にヤオが手を繋ぎはしてもキスはしようとしないとか、そういうことにこだわって、開けていない扉を用意している、というだけなのだった。
元夫が何もかも失った腹いせに吐き散らしている冷酷さが、ヤオの優しさで返り討ちになっている隙に、撤退するべきだ。さっさとこの場を切り上げて、ヤオのいる平安に戻りたかった。
アミュテュスは単純なほど自分を取り戻していた。ロー・ジがへそを曲げて黙り込んでしまわない程度の弱さで奏でた。
{子供達は、まだメリヴァに残ってるってこと?}
「どうだったか」
ロー・ジにとっては嘘ではなかった。子供達は長く気に留めていなかった。メリヴァの研究施設を整備するのと、栄化体の研究を軌道に乗せるために忙殺されていたので、その他のことは、担当者に任せ、報告もうやむやになっていった。
子供たちの居住施設くらいは覚えているが、メリヴァを放棄するときに、「研究の証拠になるものは処分しないとな」と言ったことを、どのように各担当が受け取ったかなんてわからない。子供たちだって、研究の一部だったのだ。
{あなたは}
アミュテュスはもうロー・ジに興味がなくなっていた。こころに浮かんだつぶやきを、最後に、一度は親しくした、見方によっては長く友人であった延長で、聞いておくのもいいだろうと思った。
{何がしたかったの}
彼は、心に鳴り続けていて、いつ誰に聞かれてもそう答えるであろうことを、すぐさま引き出した。
「イノベーションだよ」
{何の}
ロー・ジは相変わらず元妻の発言を低く見ていたが、すぐに切り返してきたことで、久しぶりに彼女との会話が成立した気がした。知らないうちに心が少しほぐされた。アミュテュスにはその理由がわかっている。二人が知り合いたてのころに、「イノベーション」の話をしたのだ。
周りの人々は、「イノベーションの意味がわかるか?」と隣の人に聞かれないために、居心地が悪そうになった。ロー・ジの側近たちも、自分たちは何の研究をしていたのか、その中核とは何だったのかと各々振り返り、ロー・ジが存在意義をまとめてくれるだろうと、周りの聴衆に属した。皆がロー・ジの目指した「変革〔イノベーション〕」の核を聞こうと、輪になった。
「自由、かな」
輪の中でロー・ジはつぶやいた。
つづく






