千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第27章 ユーアンゲリオン
第4話 授与
それからも街中には祝宴の雰囲気が続いた。王たちを海路でヰェナダーに運ぶはずの、光動力の大型船舶ケルブ船の到着を待つ間、基盤施設の復旧や、城内に増築された研究施設の探索や、押収した資料の検証、拘束したシーダー社員への聴取が行われた。
皆が慌ただしくしているなか、フェリックスは体調がすぐれないと言って、城内の一室に引き篭もるかと思えば、ツユリとウィスターを連れて街に外出をしたりした。二人はまるで気が進まないという顔で出ていき、帰ってきた時にはツユリがもっと青ざめ、ウィスターは逆に目がらんらんとしていた。
祭りのめでたさもひと段落したころ、隊はイツダテ城に集まり、戦いのけがれを祓うために各自洗礼を行った。
イツダテ南部の港には、ヰェナダーに上るケルブ船が停泊していた。
船はガレオン船三隻ぶんほど大きく、帆船ではなく、船の胴部に翼の形を模した光エネルギーの動力変換器が装備されていた。翼は実に、船の長さと同じほどの幅があった。羽根にあたるところの一枚一枚に太陽光を受けて動力に変え、タービンを回して推進力とするのである。なのでこの船は海の上で翼を広げ、今まさに飛び立とうとする巨大な鳥の外観をしていた。旧い時代から、神殿の至聖所にその形を模ることをゆるされた、翼ある天使のケルブを思わせるように、装飾としてあと二対の翼が、船体を包むように流線を描いていた。
「相変わらず、悪趣味だな」
フェリックスが言った。旅立つ人、見送る人、珍しい光景を見にきた野次馬たち、人々に向けた露店で、港はまた祭りのように賑わっていた。
「そうか? 私は、好きだけどな」
ツユリが船を眩しそうに見上げた。船は実際眩しかった。巨大さのために、動力を得るための十分な晴天の日を待って走り出さねばならなく、ブリムE帯のイツダテではヰェナダー光が一つしかないために、なおさら十分な光量が望まれた。待ちに待った晴れの日を受けて、純白の船体はひときわ輝いた。午後には雲が出始めるというので、それまでに航行を安定させるべく、皆大慌てで最後の出航準備を急いでいた。
旅は天気に依存し、長いと一ヶ月ほどかかるので、積み荷は念入りで、城一つ分の引っ越しのように、港はごった返した。乗客はこの度の王軍関係者のほか、シーダー社の重要参考人、その警備の者たちがほとんどだった。この機に乗じて、ヰェナダーに上りたいと希望する者たちも受け入れられた。
フェリックスとツユリは、ケルブ船とその賑わいから少し離れた、小舟の停泊する桟橋に来た。積み荷を終えようとしているヤオがいた。青年は二人を見てはっとした。
「もう、出航ですか」
ヤオは、さっさと自分たちの準備を済ませて王たちを見送りたいと思っていた。しばらくは城に戻ってくるつもりのないアミュテュスと、思う存分バカンスを楽しみたいウィスターの旅荷物は、いつの間にか増えて、引っ越し一回分ほどに多くなった。積荷をヤオに任せた女たちは、さっさと出航の賑わいに身を踊らせていた。この船の操舵手たちも同じことで、祭りというのがさほど得意でないヤオだけが、もくもくと仕事をしていた。王たちを見送ったなら、雑多なことは考えないですぐに出航できるようにという思いが手伝って、仕事に熱中していたのであった。
ヤオは汗を拭いて残りの荷物を見た。後はどうとでもなる。王たちに近づいた。
フェリックスは喧騒を離れてみると、港にある旅立ちの雰囲気ばかりが辺りに漂っているので気押された。船と船、船と波止場の間に入り込んだ波が、浜に打ち寄せるのとは違う、がぽがぽとした音をたて、もやいが軋む音を聞き、いよいよこころに留めた青年との別れが胸を詰まらせた。
フェリックスがぼうっとするので、ツユリは、二人で段取りをしていたことを、引き受けることにした。
「ヤオ、最近はこのとおり、落ち着く暇がなかったから、この場を借りて、改めて君に確認しておきたい」
「はい」
「君は、この王国の終わりの時に、聖なる陣営に加わって、聖都を守りたいと言ってくれた。その思いを、我々は覚えていていいだろうか」
「はい」
ヤオは王たちの重責に比べれば自分の夢など何の値打ちもないと思っていただけに、唐突に切り出されて、短く返事を返すので精一杯だった。
「それはまずは、我々フェリツの軍に属し、我々の配下として、君の身を預かる、ということで良いだろうか。仮ではなく、正式に」
「もちろんです」
「君に召集がかかるのは、何年先かわからない。もちろん、今の君には他にやるべきことがあるだろうし、我々もまだ、今回のイツダテの件が落着したとは思っていない。たとえ十年先に声をかけたとしても、君は速やかに手にかけていた仕事を中断し、我々の戦士になってくれるか」
「そのつもりでおります。五十年、いや、百年先でも」
ヤオはどれだけ強く言っても言い足りないと言うように、しっかりと答えた。
二人の王は、顔を見合わせ、頷きあった。
「しかと、確認した。ありがとう」
ツユリは今度こそフェリックスの出番というように、少し身を引いた。
「ヤオ、君は一人の戦士である前に、今や、私たちの友だ。君はまだ若いが、約束を守る力と知性において、我々と引けをとることはない」
フェリックス王が言った。
「かたじけないことでございます」
「まあ、しかし、口約束というのもなんだから、私たちの友、フェリツの戦士であるというしるしに、君に授けたいものがある」
フェリックスは、ツユリの持つ細長い箱の蓋を開けた。中には布に包まれたさらに細長いものが入っており、布を解くと、ナイフというには長く、戦いの剣というには短い、ダガーが鞘に入っていた。
鞘に収まった状態を見ただけでも、それが実用向きでない、宝剣であることがわかった。錨ともやいが螺旋を描く繊細な装飾のために、持ち手を握って力を込めるには向いていなさそうだった。金箔を貼っているわけではないが、貴重な材質の木を彫り、丹念に磨いてあり、黄金のような穏やかな光を放っていた。
「イツダテの様式だな」
フェリックスさえまじまじとその仕上がりに感心した。急拵えだったので、持ち手や鞘はありものを使ってもらうしかなく、それでもつい、昨日届けられたのだった。王は刀身を抜き出した。諸刃は深い銀色をしていたが、角度を変えると、天然石のように内包された成分が色を生み出し、紫や橙、白金の斑が、粉砂糖を散らしたように浮かんでは消えるのだった。ツユリも神秘的な美しさに魅入られ、我知らず頷いた。
「悪くない。ヤオ君、せっかくだから、慇懃の延長として、ちょっくら、跪いてはくれぬか」
ヤオは、王が送別の戯れに、そんな作法を命じたことなど百も承知だったが、いざ地に膝を着くと、敬虔な気持ちに全身がくるまれた。
フェリックスは刀身の先をヤオの右肩に乗せた。
「ヤオ、【主】の御名によって、ツユリ立ち合いのもと、君をフェリツの戦士として、ここに任命する。汝、王国の千年の終わりまで、忠実であれ」
剣先を左の肩に移しながら、フェリックスは任命の言葉を終わらせた。
「御意」
汽笛が鳴った。従者が一人駆けてきた。
「フェリックス殿下、ツユリ殿下、船が出ます!」
「行こう、フェリックス」ツユリが言った。
「うん──ヤオ、これを」
フェリックスは、ヤオに、ダガーが収まっていた長い箱を渡した。
「剣の使い方は、中に書いてあるから」
王たちはヤオの先に立って、足早にケルブ船を目指した。
ヤオは一度箱を地に置いて、剣を中に収めた。布に隠れたところに手紙が挟まれているのが見えた。今読むわけにはいかないので、箱を抱いて、王たちを追いかけた。
──使い方? 宝剣の手入れのしかただろうか。
ヤオは、王たちに伴われていたので、人ごみを難なく進むことができ、見送りの群衆の先頭で、出航を見送ることができた。
ヰェナダーに上る、祝福された一団は、徐々に速度を増すケルブ船の甲板から手を振った。ツユリがふわりと掲げた手は、民衆を祝福する按手のそれだった。フェリックスは、ヤオや見知った人々に慣れない動作で手を上げると、あとは手すりに身を預けた。風船が飛んでも、爆竹が鳴っても、一切が絵画の中に収められて、こころで感じるしかない動きと音であるかのように、いつまでも動かずに、港を見ていた。
ヤオはすでにフェリックスのこころを知っていた。この王が千年の記憶を持ってもなお、彼からすれば束の間の景色の切れ端が、儚いことだと無碍に時を過ごすことはない。
別れの優しさで純度を極めた愛おしさだけで生きていけるなら、何だってしてもいいと思っているに違いない。相手が見えなくなったら、諸々の生活の垢を引きずりながら歩き出すんだとしても。束の間、同じものを追いかけた仲間が散り散りになることが、注意深く造り上げたはずのこころをふたたび頼りなく揺るがす。割れたこころの新しい断層に吹き込む風が沁みるのは、弱さではなく、いのちの一部だ。からだに、こころに、たましいに、欠けるところのない王のために嘆けば、最後のひととき、王と呼吸を合わせることができるはずだ……。ヤオは全てで悲しんだ。
ケルブ船は海の上を滑空し、悠々と翼をきらめかせ、東の海に見えなくなった。
第27章 ユーアンゲリオン 終わり。第28章につづく






