千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第27章 ユーアンゲリオン
第2話 祝宴
宴の臥、人々は皆、フェリックス王を真似て右手にオレンジ色の布を巻いたので、街中からオレンジの布やリボンがなくなった。
イツダテ城の庭に設けられた宴席にはランタンが連ねられて、ご馳走と酒が並べられた。
ヤオは昼過ぎまで人々が押し合いへし合いをしていた城壁に上り、今は彼らが地面の上で波打って踊るのを眺めた。庭園はイツダテの青い臥に染まり、ランタンが真珠のネックレスのように輝いた。風が吹くたびに、喜びと酒気が届いて、その芳香だけで胸がいっぱいになる。
「どうして一人でいる。今日は、恋人たちにはいい臥だ」
フェリックスが両手にワインボトルを下げてやってきた。
「いえぇ、まだ恋人というわけでは」
ヤオはワインボトルを受け取った。王を引き止めないように恐縮していたが、フェリックスはヤオと並んで腰を下した。アミュテュスの背中が見えた。ウィスターはじめ、イツダテ城の側仕えたちの集まる輪の中にいた。怪我をしている手に、ギターを持つだけは持っていた。
「あれも、難しい女よ」
フェリックスは楽師になかなか隙がないとも、難しいことに巻き込まれがちな女だとも言ったのだった。
「殿下は、ご結婚は」
フェリックスは、ヤオが彼女とそんな関係まで思い詰めているのか、と言うことは置いておくとしても、王の結婚について、ファンを公言して憚らないヤオが知らないのが意外だった。
「思い当たる相手が、一人いるな」
「え」
ヤオは、思っていた以上にこころが甘く揺さぶられた。
「どんな方ですか」
「どんな」
フェリックスは、気心が知れた兄弟姉妹たちからはもはや向けられない関心に晒されて、くすぐったくなった。その人を今、具体的に描くほど笑みが湧くものだ。
「彼女も、単純な人ではない。でも、アミュテュスとはまた違うな。どちらかと言うと、似てるのは、君のほうかな」
「僕ですか」
ヤオは表情に困った。
「忍耐の果てに超人めいてるところとか……多くは求めないけど深みがあるところだとか……とにもかくにも、優しいよな」
ヤオは今すぐ塀を飛び降りて走り出したいほどであった。しかしこれはあくまで、王の妻への惚気なのだと言い聞かせて、やっと衝動を落ち着けた。
「でも、君みたいに、処世をわきまえて出たり引っ込んだりはしてくれない。へそを曲げたら最後、気配すらなくなる。いたらいたで、口数がやたら多いし、理詰めだし、まばたきは少ないし、寝てる時だって目を開けている。そして”えら”が張ってる。骨ばってる。髪の毛も赤すぎるし、量が多すぎる。そばかすが顔にも腕にもあって、地の色が白いのか黒いのかわからない。笑うと前歯どころか、全部の歯がデカい」
二人は遠慮なく笑った。フェリックスは今言ったすべてが、複雑に混ざり合いながら立ち上がってくる妻の栄光が懐かしくなった。酒の力で今日は全てがうまく調和した。
「結婚てどんな感じですか」
「君たちに用意されている恋愛と結婚に比べたら……歯と歯茎みたいなものだ……互いに異物であるはずなのに、一つであることにもはや何の驚きもない。【主】にあって我々は一つ。それはつまりは、みんなそうだろう。それが証拠に、私たちは今、それぞれの働きに精を出している。次会えるのは、何年先かわからない。百年後かも」
困ったことに、それが今や、たいして寂しいとも思わないのだった。結婚したのは復活に預かる前のいのちのことなのだ。そのほかの記憶と同じく、妻のことが曖昧に感じることもある。ただ、会ったときには間違いなく誰よりも彼女のそばに近づくことができる。彼女もそれができる。
「私はな、ヤオ、目の前にいる者が、誰であれ、私といることで、まるで特別な者であるように、感じてもらえるように、接するのが好きなのだ」
「よく、わかります」
「そんな夫の妻は、きっとつまらんだろう」
「関係ないんだと思います」
フェリックスの胸に、妻の姿を描いた時とほとんど同じ眩しい苦しさが差し込んだ。
「少年よ。君に知らないことは、おそらくもうないだろう」
宴は臥の風を惑わすほどに盛りとなり、笑いや音楽が次の陽気を呼ぶように、宴席から宴席へと移っていった。一つの輪が沸くと、それを聞いた遠くの座の人々が笑い、歌い……が、きっとこの街の、国の隅々にまで流れていくかと思われた。
旧い太陽は沈み、第6の太陽が柔らかい光を投げかけるだけだ。この国の臥は、その時間の中でずっと、夕刻の「開放的で特別なひとときが始まる瞬間」の、まさにその時がずっと続くような膨らみを留めるために、人々の興も華やぎ続けるのだった。
つづく






