第24章 永遠/第4話 責務|千年王国ファンタジー 幻想聖典エスキャトロギヤ

第4話 責務

 イツダテの街の長がヒエッと声を出した。まさかと思っていたことが明らかになったのだ。

 ロー・ジは命のすがたを見るという大願の前に、気持ちが走り出していた。王達はロー・ジが罪を自ら言い現したのでいよいよ身構えた。彼の言う「共同体」というのを、イツダテに作ろうとしているのか。

「イツダテ城も、王達も、我々の手にある」

「王達は無事なのか」

 ツユリが言った。

 ロー・ジはふたたび黙りこんだ。王達の今の状態が、無事と言っていいものか、そうではないのかがわからないのだった。フェリックスが尋ねる。

「つまり君が言いたいのは、イツダテは君らの国とするから、我々は踵を返して、今後イツダテで起こること一切を、見逃せと言うのか」

「そういうことに、なるかな」

「そういうことになったんで、イツダテは今後、俄庵の礼拝に来ないみたいです。と、私からツァヴァヰェに報告しろと言うのか? 子供を風邪で休ませる母親みたいに」

 フェリックスがだんだん勢いづいてきたので、ツユリは思わず天を仰ぐ癖をしてしまいそうになり、こらえた。ロー・ジはあくまで淡々とこたえる。

「さっきも言ったように、それはそっちの事情だ」

「そっくりそのまま返してやる。我々とツァヴァヰェの認識は、イツダテは、これまでも、これからも、君主の御前に出ることを許された、祝福された千年王国国家の一つだ。イツダテの王は二十四人、この場でその一人一人の名を、挙げてやろうか。君たちが軽んじようと、君がイツダテ統治者になりたいと望もうと、関係のないことだ。このまま今年、イツダテの王が一人として、ヰェナダーに上らない。その意味がわかるか」

 なるほど、フェリックス大王様の威勢はやはりこうでなくてはな。ロー・ジは幼少の頃、僧房で読んだ「フェリツ開拓全史」の文面からにじみ出る、王の熱っぽい語調を思い出した。

「伝承では、礼拝のない国には、次の年に飢饉がある」

「君たちは、この掟を古臭い、因習的なこけおどしと思っているだろうがな、親が子供に飯を用意しなければどうなると思う」

「子供が腹をすかせるだろうな」

──そのうち餓死することでもあれば、魂はヰェナダーに昇って、君主様が養ってくださるんだろう。好都合だ。

「子供に飯を与える責任は、誰にあるだろうか」

「まあ、まずは、親だろうな」

──本当にそうなら、わざわざ飢饉なんていう威圧的な掟なんて作らなければよかったのにな。

「それと全く同じことだ。王が親として、国民を養う義務がある。君たちは自己実現で盛り上がっていればいいけどな、君らが安穏と夢を思い描けるほど養ったのは君の国家であり国土だろう。それと同じことを、君たちはこれから、自国民として抱えることになる人々にしてあげられるのか。王になるとは、そういうことだ」

 ロー・ジは、目の前の王が熱くなって国家運営にまで話を広げるので内心せせら笑った。王達が鍬をふるって畑を耕しているところなんて見たこともないが、このまま行くと、イツダテの今年度の石高を答えろとか、的外れな議論に発展しかねない。

「なるほど。知らなかった。掟がそこまで確たるものだとは」

 ロー・ジは嫌味なまでに従順を装った。

 フェリツとハタジャの王達は、フェリックスがこのままテーブル板をひっくり返して暴れ出さないか、はらはらしながら見守った。もうとっくに、用意していた交渉の筋立てはうやむやになっていた。あとはごく平和的に、イツダテ城への入城を取り付けなければならない。ロー・ジの言うように、イツダテ城が制圧されていると言うのなら、彼らの持つ未知の兵力との交戦も考えられるのだ。

「私の願いは──」

 フェリックスは静かに言った。ロー・ジたちに侮られていることなど百も承知であった。王は、ロー・ジの心の殻にヒビを入れた感触があった。相手の心の核は、王権でも武力でもない。おそらくは、研究にこそあるんだろう。

「──イツダテの王を、一人でも、ヰェナダーに上らせることだ。十月十六日までに。そうすれば、あなた方は来年も、再来年も、研究を続けられるだろう」

──その「おつむ」の中でって意味だけどな……しかるべき後に国土侵入と毀損罪で訴えてやるんだから……。

 フェリックスは大理石のようなすべすべした肌、大真珠のような眼、狼のように凛とした眉毛の全てから、愚かしいほどの情熱を発散させた。そうしていれば、敵でさえ、王の美貌によって知略が人知を超えた次元に踏み出したと錯覚し、解決策を捻り出してくれるのだ。

──一人か。

「では十六日、入城を許す」

 ロー・ジは言った。イェナダー礼拝の正式な作法を知らず、イツダテ城から祝電を送ったり、祈祷室で黙々と祈りを捧げるだけで充分なのだろうと思った。巡礼をとうに諦めていた周りの王達は、一周まわって交渉がまとまりはじめたと、各々の胸の内で息をついた。

「明日だ。十三日だ」

 フェリックスは王達の動脈をもう一度しごき潰すのを楽しんでいるようだった。ツユリはこれ以上相手を刺激するなと、いよいよ顔色を変えてフェリックスを見た。

 ロー・ジはフェリックスが食い下がり、王たちが目に見えて動揺するので、なお白けた。

「十五日──」

「十四日の午前六時」

 ロー・ジは技師達を見た。彼らは軽く眉を動かした。

「了解した。十四日の午前九時だ」

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