
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第22章 王軍
第1話 出陣
千年王国の国々は武力を持たない。七年の惨憺期を経て、元あった国々は軍備ごと形を無くした。新しく興された国々同士で解決のできない争いは、ツァヴァヰェの大祭司である君主の公正な裁きによって鎮められた。
ヰェナダーはじめ、各国の城には防衛でなく様式美としての城壁しかなく、城には警備員や保安官と銘打たれた者たちが置かれるばかりであった。
政府や警察、それらに準ずる組織はあったが、国家規模の問題が起きた際に動くのは王たちであった。重大で緊急性が高い問題が起きた際には、二十四人の王族の中から選び出された、十二人の「王軍」と呼ばれる最高位の使節団が編成された。
「イツダテ国に千年王国紀八八八年のヰェナダー神殿礼拝を守らせる」という大義は、時間を経るごとに実現困難さを増していった。
巡礼に向かうはずのイツダテ王たちはどこの国にも入国しておらず、自国の国境さえ跨いでおらず、果てはイツダテ城から一歩も出ていないようなのである。そこにはどうやら、イツダテ王室と三十年近くの年月をかけて信頼を築いてきたシーダー社が関係しているらしいのだった。
フェリックスがヰェナダー君主から召命を受けたのが九月十日のことで、王がフェリツ城に帰還し、調査を開始したのが九月二十六日であった。礼拝の期日は十月十六日。現在は十月に入っていた。
イツダテからヰェナダーは、直線距離でも四万三千スタディオンほどであるので、ポンパドーターを走らせたところで、現時点でイツダテ王達が出発していたとしても、やっと間に合うかどうか、いや、間に合わない可能性が、時間と共に着実に高まっていた。
フェリツ国の第十七期令主ルツは、フェリックスとツユリを筆頭に、十二名の王族からなる「王軍」を編成した。十二名を四組に分け、三名をハタジャ国、三名をヨッパ国、三名をジンニ国の使節とした。三国はイツダテと隣り合う国々であった。
フェリックスとツユリには、サバという女王が加わった。三人は「王の道」を南下し、ヨッパとイツダテの国境でハタジャ国の王軍と合流し、イツダテ国から呼び出したシーダー社のロー・ジと会談を持つ予定になっている。
イツダテの隣三国への使節達は、十月一日の昼には、演習林入り口での集合と決起礼拝ののち、各国に向けていち早く出発した。それぞれフェリツ国で選り抜きの高出力ポンパドータートレーラーハウスに乗り込んだ。トレーラーハウスは、大型の四輪車に、翼の形に集光機やコンプレッサーの管が何本も配され、白銀に輝いている。従者達も大小のポンパドーターで集ったので、演習林にはさながら、プラチナの巨大な甲虫たちが群がったようであった。
フェリックスとツユリは、サバ女王とルツ女王、その他の高官たちへの共有のために、アミュテュスとヤオ、医師ウィスターを同席させ、最終的な認識合わせとして情報を聴取した。
森を焼きに来た人々で集会所が埋まってしまったので、村長の家の書斎に集まった。すべての情報がまとまってしまうと、アミュテュスは途方に暮れた顔になった。午前中には演習林の南南西部に火が放たれ、レヘム村まで煙が上り、家の中はうっすらと煙っていた。イツダテ宮廷楽師の物憂げが、空中に立ち込めたように。
{イツダテの王様方が、メイ様含め、ロー・ジたちに囚われている……私がヰェナダーに向かう理由は、何もなくなってしまったようです。フェリックス様が事態の救済のために、ヰェナダー君主の召命を受け、フェリツの王様方が、イツダテを救うために動いてくださっているというのなら}
アミュテュスに声があったとしたら、とても喋れる状態とは言えないほど、茫然自失していた。それでも楽師の指は別の生き物のように動いた。
ウィスターは、状況が落ち着くまで、アミュテュスを自宅に置いておいても良いと思っていた。楽師は長旅と、イツダテ王宮への心配が重なって、今にも崩れてしまいそうだった。
「あなたが現れなければ、短期間でここまでのことはわからず、栄化体を破壊する菌を持つ者たちに、正面からぶつかっていたかもしれない」
ルツ女王が言った。場合によっては、またいつものようにフェリックスが思いつきで騒いでいるだけと、取り合わなかった可能性もあったのだ。
令主は三人がけのソファのほとんどを占めて、針刺しほどに小さく見えるクッションを拳で軽く叩いた。ソファの隙間には、小柄だが引き締まった体型のサバ女王が真っ直ぐに座っていた。
{お役に立てたのならば、身に余ることです}
アミュテュスはこうべを垂れた。その様子は権力者への低頭が日常であるようだった。ルツもサバも、ウクレレで喋る、奇妙だが堂々とした女に興味を抱かずにはいられない。アミュテュスは身に受ける注目が消えないうちに切り出した。
{恐れながら、しもべから一つ、お願いをしてもよろしいでしょうか}
つづく






