千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第21章 洗礼
第5話 戦略
王たち二人は、ヤオを先頭にして村までの道を登った。道の左手には川が流れ、川の向こうは鬱蒼とした森なのに、こちら側は丸裸になりつつあった。
「だいぶ、風通しがよくなったな」
フェリックスはチェーンソーから引き剥がされたとたん、眠たそうに目をこすった。機械の振動がまだ腕に残っている。
「明日、ルツもこっちに来るそうだ。それから、十人、王たちを連れてくる」
「王軍か。しっかり、私とツユリを頭数に加えてやがる」
──王の『軍』?
ヤオは例によって気配を消して黙々と先導をしていたが、木々が倒れたために、ざわめきも静まり、いつもより人の声がはっきり聞こえた。
「あまりものものしくして、イツダテの、シーダー社のやつらを刺激することにならんかな」
フェリックスが言った。
「十二人を四隊に分けて、三隊は先んじてイツダテの隣三国に使者として送ることになる。援軍の要請と、国境の封鎖を願うために。私たちは、イツダテの国境あたりで、シーダー社と会談を持つ」
ツユリは、村人たちとの会合の後、ルツと光伝信でやりとりをしていた。フェリックスに相談しないうちに、作戦の内容がおおかた固まっていたので、友の様子を伺った。
フェリックスの機嫌は悪くないようだ。フェリツ王族がはじめはイツダテ事変について慎重だったのを、この数日でだいぶ動かせたのだから。
「応じるかな。どんな要望が飛び出してくるだろう」
「ひとまず、現在の代表者であるはずのロー・ジに、名指しで伝信を送ってある。十月十二日に、国境まで出てきてくれと」
「十二日?」
フェリックスは立ち止まった。
「間に合わんぞ?」
王はその場から動かず、ツユリが足を止め、振り返るのを待った。
「君が俄庵の礼拝の期日を知らないとは言わせないぞ。今年の期日は……」
「十六日だ。わかってる」
ツユリは静かに言った。
フェリックスはなお混乱したようだった。召命を受け、すぐさまフェリツ城に戻ってくるまではよかった。よかったが、瑣末な問題に気を取られすぎて、時間を浪費したか?
「もっと早く、行けないのか。六日とか、七日とか。彼の妹でも七日で駆け抜けてきたんだぞ」
フェリックスはヤオを示した。動作は控えめだったが。ツユリは、その結果、老いていたとはいえ、妹は死に渡されたということを、フェリックスに思い出してほしくて、相手をじっと見た。
「一緒に行動する、全員の安全を考えても、むしろ精一杯急いだほうだ。それに、私たちがイツダテとヨッパの国境に着くまでには、先発部隊はすでに三国に辿り着いて、国境を封鎖した状態になっているはずだ」
「いや、私や、もっと、体力のあるものが、先に向かえばいい」
「行けたとしても、わかっているだろう? イツダテから十日そこらでは、ヰェナダーに着けない。イツダテ王たちが、菌魂転送をするなんてまず考えられない」
「君だって、昨日、言っただろう。ヰェナダーが傾けば、苦しみは、国民全体に広がると」
「ルツ令主と、城の……他の王たちの決定だ。夕方までの内容を、一通り伝信して、返ってきた答えがこれだ。シーダー社は生物兵器を持っているんだ。今回はできるだけ、穏便に交渉を進める。そのためには、あまり向こうを刺激できない。こちらの準備も足りない」
「じゃあ、イツダテは、飢饉に」
フェリックスは無謀な計画の正当性を示す、残りわずかの動機に、子供のようにこだわった。
「そのために、周囲の国々に、来年一年分の支援を要請する。そのための使節団でもある」
「でも、私の召命は、兄妹を救えと」
「結果的には、そうなる。巡礼を何が何でも守らせろと、命ぜられたのではないだろう」
フェリックスは、君がそんなことを言うとは、と唖然としてツユリを見た。
「しかし、『書いて』ある」
「『書いて』あるが。例外は……きっと例外はある」
ツユリはフェリックスから目をそらしたかった。しかし王が今にも走り出しそうに砂利を踏み躙ったので、釘を刺した。
「今回ばかりは、君一人が行動するのは許されないよ。奴らが菌を、バケツ一杯君に浴びせでもしたら、一瞬にして、二足歩行の羊になってしまうんだから」
「たとえ交渉の場に臨めたとして、水風船爆弾を投げつけられるやもしれん」
フェリックスは茶化したが、声は震えていた。震えているのは、チェーンソーのせいだとしても、戦略の立案と執行にかけては厳格な友のこころに訴えられるのであれば、なんだって利用したい気分だった。
「会談ではハタジャも王軍を出して臨んでくれる。万が一、公式の場で王体を傷つけるようなことがあれば、それは【主】への明らかなる冒涜だ。そうなれば、ツァヴァヰェが出てくることになる。さすがに、そこまでのことは考えないはずだ」
ツユリの中では論旨が一本線につながっているだけに、つまらないまでに模範的な答えが返ってきただけだった。
「どうだかな」
フェリックスはもどかしくなり、ますますこころが乱れた。フェリツの王族たちに苛立ちを向けそうになった。いや、もうすでにこころの中で燃やしていた。走るだけ走らせておいて、肝心な場では穏便に済ませようとする。そうでなければおそらくフェリツ王軍を出してはくれないのだろうが。
こんなことならば、自国を素通りしてイツダテに殴り込んでやればよかったか……しかし、そう、シーダー社が相当に危険であるとわかったのも、この数日の行動あってのことなのだ。
フェリツ城での臥、さっさと寝所に潜り込んで、儚さなければよかったか、いや、そうまでしたからエフデを呼び出すことができて、ルツやツユリを問題の当事者として引き込めたのだろう。演習林で復元されたから、汚染だって最小限にとどめられたのだ。全力を尽くし、最善の御心が働いているはずだ。
フェリックスは思考の堂々巡りに陥りながら、ルツたちが急遽立ててくれた作戦の全体像は見えていたし、納得もしていた。自らが切込み隊長であることに変わりはないが、数日で情報を集め切り、数時間で考えうる限りの周到な策は敷けたのだ。これまで国交の絶えていた遠方の兄妹国に対して、できる限りのことはしているはずだ。
フェリツは王軍として十二名の王族が出動する。隊は三名ごとに四つに別れ、ハタジャ、ヨッパ、ジンニの三国それぞれに、先に使節として送られる。イツダテから各国への国境は厳重に封鎖される。シーダー社が大陸本土に拡散する余地はなくなる。
後発の自分たちはイツダテ国境でハタジャの王軍と合流し、シーダー社と会合が持たれる。その場で万が一、小競り合いが起これば、シーダー社は公式に千年王国の謀反者となる。どちらにしても軍を動かしてイツダテ城には踏み込むことができる。
今回は、シーダー社にまつわる問題を明るみに出すことに集中し、綺麗に解決するのだ。きっとそれが、君主の言うところの、兄妹を救う、『召命』ということなのだ……巡礼は、どちらにしても、間に合わなかった。礼拝は、私が召命を受けた、九月半ばの時点で、イツダテ王達が国を出なければ、間に合うものではなかったのだ……。
フェリックスは道化を演じていたような、勝手に問題のすり替えを行っていたような、羞恥心とやり場のない怒りを、こころの中に収めた。いいだけ突っ走ったわりに、フェリツ王たちとは空中分解せず、ヰェナダー議員にも捕まらず、今ここに立っていられるということは、まだできることがあるのだ。
「もし私が、二足歩行の羊か、白熊かになってしまったときは」
フェリックスは早くもただれの治り始めた頬をそっと触った。
「容赦なく殴り倒して、入念に焼いてくれよ」
ツユリは、フェリックスが作戦に納得してくれ、葛藤を打ち倒した様子に、友への尊敬を新たにした。
「殴るのは、ハタジャのマゴ令主が適任だ。焼くのはまかせてくれ」
フェリックスはふふんと鼻をならした。
「あいつか。しぶきが周りにふりかかりそうだな」
王たちは互いの肩に片手を起き、いっときでもお互いのこころを乱したことを【主】に悔い改めた。少し遠くで王たちを待っていたヤオはまた歩きだした。
つづく






