千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第21章 洗礼
第4話 伐採
会合の後、森の者たちはすぐに伐採に取り掛かった。
交代で休憩をとりながら、旧い太陽が落ち、臥になってもずっと木を切り倒し、根を引き抜いた。雲がなく、月も明るい日だったので、光源に困ることがなかった。ダイモニゾマイが倒れたので、時間を追うごとに周囲の町々から人が集められ、作業用の重機もやってきた。
広大な森を、区画ごとに分けて、菌の汚染が激しいところから入念に、火入れの準備が進められた。また別の班は、汚染の中心地から十分に離れた川縁の木を切り、根が侵されていないことを確かめた。
「すごい! 今はこんな利器があるとは」
「殿下、お気をつけて」
フェリックスは伐採に使用される光動力のチェーンソーを装備させてもらって上機嫌にしていた。動力源を背負って手元のチェーンソーを作動させるものであった。ポンパドータ―のように集光機が翼を模して背面に伸びていた。作業用の防塵メットや袖の長い作業衣に身を包まれると、さながら機械仕掛けの鳥に見えた。演習林の南南西、川に挟まれた広大な三角地帯の山肌を、地を歩く鳥たちがチェーンソーの唸りを上げて、黙々と伐採作業を行なった。
ヤオは炊き出しの手伝いを終え、柳帽を被り、王たちを寝所に案内するためにやってきた。森はあっけないほどに日が入り、抜かれるのを待つ切り株がでこぼこと突き出ていた。河原に沿う森は、菌を確かめるために入念に掘り返され、黒い土や岩が剥き出しになり、しめった芳香を立ち上らせて息が詰まるほどだった。
青年は思わず顔を背けて、まだ倒されていない区画を向いて柳籠を持ち上げ、そこに酸素があるかのように息を吸った。
機械に弱いツユリが、シャツを汗でびっしょりにしながら引き抜かれた切り株を運んでいた。
「ツユリ様、村長が、寝床を整えて、風呂を沸かしております。お休みになってください」
ヤオがツユリの手から切り株を奪い、木端が山と積まれたところに引きずっていった。しばしぼんやりと木の根に目を落とした後、すぐに顔を上げた。村人を従え、チェーンソーを動かすフェリックスを眺めた。
「すまんな。こんなときに、フェリが楽しそうで。不謹慎だよな」
ツユリがごく優しく詫びた。
「いえ……僕、や、私は、大公は、森にいらっしゃるのがお嫌なのだと、思っていました」
「どうして?」
ツユリは右の眉だけでなく左の眉をも上げた。
「大公の本で。嫌な思い出がいっぱいあると……私が知る限り、森には、いらしてないので」
「彼は間違いなく、ここを愛しているし、国のどこよりも大切に思っているよ。生みの親なのだから」
ヤオは謙遜な王が、それこそ謙遜に言っているのだと、頭を垂れた。
「それは、ツユリ様も」
「フェリックスの、始めの情熱がなければ、ここは今、このような形ではありえない」
ツユリには、友である王が、見渡す荒野にありったけの木を植えると息巻いたり、次はその木をばかでかくするんだと周りを焚き付けたり、雲みたいな木を作るぞと、夢みたいなことを言い出した日々が、昨日のことのようだった。
かすみ柳の開発計画に賛同者を募るとき、「ヰェナダーの雲の柱を樹で造る」とツユリを説き伏せるものだから、主の栄光を模造するとは怖いもの知らずだな、とあきれつつ、つい乗せられてしまったのだった。
「奴が、長々とこの地に留まっていたら……手塩にかけた森はどうなったと、日をおかずに顔を出していたら、多分人々は、フェリックスの顔色を伺って、のびのびできんだろ」
「それは」
「君のあの庭園だって、フェリックスに意見を求めていたら、幹が波打ったポプラを二十四本植えろとか、そういうものを作ることになってたはずだ」
「大公がお喜びになるなら」
「喜んでいたさ。プランタリウムを見て。木の葉が拍手をして聞こえるなんて、誰が思いついただろう。木漏れ日を星屑に見立てるなんて」
ヤオは王達がプランタリウムをご覧になったと知って、経験したことがないくらいの速度で、顔が燃え上がるのを感じた。いつもの癖で柳籠をちょっとずらそうと思ったが、すでに頭の上に上げて顔が露出していることを忘れていた。泳いでしまった手で耳を掻いた。
作業上便利のために名称していた庭園の名前をツユリが口にしたので、恥ずかしくも、愚かしくもなった。手の中で長い間温め続けた幻が、いつしかひとりでに歩き出して、他の人の目に止まり、覚えられた、その名前を口にする者が、自分だけではなくなった。嬉しいが、落ち着かず、心細くなった。
ツユリは顔を赤くしている青年を見、村人たちの手前、気丈に明るく振る舞う王を見た。
「さて、明日は間違いなく、フェリックスに君の洗礼を授けてもらわなくちゃ。放っておくと、一晩中だって木を切り続けるんだろうから、また儚されでもしたら大変だ。奴を引っ張って、私も一休みするとしよう」
ツユリが汗を拭うと、額に土がこびりついた。
つづく






