千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第21章 洗礼
第3話 八百
「ヤオ、菌はどうだ」
オルククは、人々が持ち場を分担し始める動きの中で、ヤオに尋ねた。ヤオの傷は見たところなんの変化もなかった。ウィスターが片手に握っていた消毒液を振りかけて、ヤオの靴擦れの手当てを始めた。
泣き腫らした顔の村長が申し訳なさそうに近づいてきた。ヤオは生まれてこのかた、村長が取り乱すのを見たことがなかったので、気まずくなって下を見た。
「ヤオ、庭園は、本当に残念だ」
「いやそんな、それどころじゃないんだし。かすみ柳を燃やすことになったら、それこそ一大事だ」
ヤオは目が泳いだ。誕生日のパーティ会場は解体されることだし、一緒に予定されていた洗礼式なんて、今更この森のドングリ一個ほどの価値もないだろう。村長にしても、忙殺されて、忘れていればいい。相手の気をこれ以上揉ませたくなかった。
「明日の、お前の洗礼だが、用意はしっかりしてある。こんなときだから、落ち着かんだろうが。ぬかりはないさ」
村長は涙顔ではにかんで笑った。形ばかりの埋め合わせとでもいうように、ヤオが不安にならないように、これだけはやり切るぞと言いに来たのだった。
「いやむしろ、こんなときに」
──うわあ、そうだった、こういうところがきっちりしてるから、村長なんだった。そうだよ、落ち着くわけない。受けた気がするわけないだろう。
しっかり辞退、さもなくば延期するんだと、村長を見つめ返し、口を開こうとした。
「そうか、洗礼式があるんだったね」
祭儀に関しては誰より重んじると言わんばかりに、ツユリが振り向いた。エフデ僧からヤオの過去について聞かされていて、調査のなかで、ヤオからサリーに宛てた招待状も目にしていた。こんな状況ではあるが、ヤオの洗礼式が守られるためなら、できる便宜を図ろうと、村長に加勢した。
「洗礼? 誰の?」
青年たちの輪から少し離れたところから、ヤオの洗礼事情など知る由もないフェリックスがたずねた。
「こいつのです。明日誕生日なんですよ。八八歳の。ずっと洗礼もしないままになってて。タイミングもいいから、やっちまおうって」
カンバが言った。フェリックス王に話しかけるので顔は輝いた。ウィスターがすかさず食いつく。
「八八八年に、八八歳? じゃ、まさか、八百年生まれだから、名前が八百〔ヤオ〕?」
「ンンフ! オホッ」
アミュテュスは咳き込んだふりをして笑いをこらえた。
こんなときになって、「ヤオ」の誕生日と名前で盛り上がるとは。青年は誕生日に近づくほど災難に見舞われるので、八が呪われた数字のような気がしていた。
「なんなら、誕生日も八月八日にならないかって、母親もおっきなお腹で畑仕事手伝ってたよなぁ。早く出てこないかな、とか言って」
「きっちり予定日に生まれてきたよな」
年長の村人たちは、口々に思い出話に花を咲かせる。
「で、明日、誕生日パーティ兼、洗礼式を持つと」
フェリックスが言った。
「です! 明日の朝!」
「こんな時ですけど、まあ、村の水溜めにザブンと行くだけなんで」
その場にいた者たちには、え、これは、もしや、ひょっとすると……という空気が流れはじめた。ツユリは水を向けることにした。
「司式は、村長かな」
「いえ、いえ! 私より高位の方がいらっしゃる場合は、お譲りせねばなりますまい。むしろ、喜んでぜひ」
「それでは」
ツユリはフェリックスを見た。
「我らが森林王、フェリックスの出番だな」
「私のような者でよければ、謹んで一発お見舞いしてくれようぞ」
──我らの大公が! 直々に! 私たちのヤオに洗礼をお授けになる!
その場にいた者たちは、望外の幸運に恵まれた青年の肩や頭に触れ、今まさに彼を水に沈めるかのように歓喜した。これから木々を切り倒し、森を焼くという決心をした悲壮からくる興奮も、人々を束の間の喜びに没頭させた。
つづく






