
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第19章 レヘム村
第1話 水源
地下貯水槽の行き当たりには、金属の長い梯子があった。フェリックスが先陣を切って登りたいと言うのを、王の股が見えるからという理由でなだめ、女性たちは動きやすい服装をしていたので、ヤオ、ウィスター、アミュテュス、フェリックスの順に登った。
登りきったところは取水塔であった。塔は、レヘム村を分かつように流れる川の脇にあった。ヤオは塔の扉に手をかけたが、開ける前に隙間から漏れてくる光の色をじっと見て、村に変調はないかを見定めようとした。後続からフェリックスのくしゃみが響いてきたので、王のからだを冷やしてはと扉を開けた。
目に馴染んだ、水色がちの光が広がった。山陰のレヘム村特有の色合いだ。目の前には青みの強い、水辺の瑞々しい草木が生い茂っている。眼下にはどうどうと音を立てて細い急流が流れていた。わずかの間、ここはどこだったかしらとぼうっとした。目の前には頼りない鉄線を柵としてめぐらせただけの細い足場がある。左は下流であり、川縁は崖に迫り出すように家が立ち並んでいる。右を見た。山頂にそそり立つかすみ柳の形を見て、ああここは村のこの辺か、と頭の中で地形を描いた。
元が静かな村なことに加えて、村人の大半が避難しているので、村内はせせらぎ以外に聞こえてくる音がない。しかし目に入る限り変わった様子がない。足場をつたい、橋の横の小さな階段を登った。家々は、普段は開けっぱなしの玄関や窓を閉じ切っている。旧い太陽が真上から照らしていなければ、深臥ほどにしんとしている。
「いつの間に、こんなに登ってたのね! 演習林までしか来たことなかったけど、いいところね」
ウィスターが清々しい空気にあたって背伸びをした。景色はひらけ、遥かに農村地帯や遠くの町々が望め、フェリツ城さえ尖塔がわずかに伺える。
ヤオは村に残っている住民を探しながら、ひとまずは自宅へと向かうことにした。ヤオたちの村は石造りや木造の小さな家々が密集している。王の森として名高い演習林を管理する村であるが、中心を分かつように川が流れていることと、村の至る所に泉が湧き出で、生活用水に使えるように小さな噴水が整備されているので、水の村という印象だった。
街路の木々は必要な場所に必要な大きさで配置され、軒先は葡萄棚や藤棚で日陰を作るなど、植物を知り抜いた専門家たちの村なだけあって、無駄がなく、鉢植えの一本一本、いや鉢そのものさえ手入れが行き届いて端正な印象を受ける。
村の印象がそのように精緻なのに比べ、見上げる大きさで、一歩も動かないことを決め込んだ入道雲のように、かすみ柳の大木がそそり立っている。一本や二本ではない。一帯の山々の稜線を覆い隠し、山の高さを二倍に増し加えるほどの高さなのである。かすみ柳による長大な蓋光林が鎮座しており、その向こう側にはヰェナダーの第4、5、6の三つの太陽があるため、かすみ柳は光の柱のように、霜が降りた森のようにそれ自体が淡く発光し、こころを温かくも、冷たくもする。
──さすがにちょっと、やりすぎたなぁ。
フェリックスは幹どころか山まで飲み尽くそうとするかすみ柳の聳り立つ様を見上げた。剪定作業だけで遭難者が出そうなものだが、建国九百年近い歴史の中で、これに関しては苦情をもらったことがないどころか、あの少年を見る限りは、かすみ柳の成長と、王としての威光が正比例しているようである。
しばらくぶりに間近で渾身のかすみ柳連峰を眺めながら、だんだんと腹の冷えを感じた。少年に腹巻きでももらってこよう……。
振り向いた王の目の前に、真っ白く、マシュマロのように膨らんだ巨人が立ち塞がっていた。
つづく






