千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第11章 フェリツ城
第2話 調査
「宗王、ヰェナダーから、お一人で、三週間足らずで、帰ってこられたのですか?」
城の高官タナヘは、もはやアマガエルのようにポンパドーターに張り付いたフェリックスが、雨の中スピードがのろのろになったバイクに跨ったまま城内に進もうとするので、慌てて止め、王を車体から引き剥がした。
ヰェナダー巡礼は、ポンパドーターを使ったとしても、往路だけで、長ければ二ヶ月ほどの旅程を組んで実施するのだ。それも適度に運転手を交代させながら。
「イツダテへの、調査団を募ってくれ」
フェリックスは雨に濡れたヘルメットを外したが、ヘルメットの中も、汗でびしゃびしゃになっていた。最後に風呂に入ったのはいつか、聞くことさえ憚られる。
「まずは、落ち着かれてください」
タナヘは、フェリックスの汚れた旅装を解こうとした。旅装といっても、王は召命を受けた日の、議会に出席するためのきちんとした王服を着たきりで、数日分の下着を鷲掴みにしてバッグに詰め込み、ヰェナダーを出たのだった。王服は旅行の過程でよれ、汚れ、旅装と変わらないものになっていた。
王服を着たままなのは、どこへ行くのでも、王服を見れば大抵は、行く手を阻むものが出ないと言う、利便のためだろう。王は高官をふりはらい、一息入れることもなく、二輪車にくせのついた足腰をがくがく動かして、城内の伝信部に新しい知らせがないかを聞きに行ってしまった。
「フェリックス様」
伝信部のミグは、昨日まで通信していた相手が、突如ものすごい疲労感をまとって目の前に現れたのでびっくりした。ちょうど伝信室から出て、最新の情報をまとめに、事務室に戻ろうとしていた。
「関所からの連絡で、イツダテからの個人旅行者が、いたそうですよ。昨日と、一昨日、一人は、使用期限ぎりぎりの護教師のクレデンシャルを持っていて、もう一人は、イツダテ王宮の方だそうです」
王宮と聞いて、フェリックスは前屈みになった背を起こした。
「両人とも、捜索をかけるか……」
護教師は、どうせ身内の洗礼式とか結婚式に呼ばれて駆けつけたんだろうが、イツダテ王宮から出てきた、という者は、ぜひとも見つけ出さねばならない。
フェリックス王の風貌を見てぎょっとして、立ち話を耳に入れた事務員トマズも割り込んできた。
「昨日、演習林に視察に行った奴らが、ポンパドーターが壊れた女性を、車に乗っけてあげたって言ってました。で、その人、イツダテから、フェリツまでの2万スタディオンを、二輪のポンパドーターで走破して来たんですって。身内の洗礼式に呼ばれたとかで」
トマズは呆れ半分で感心して見せるが、フェリックスは、二輪ポンパドーターでの大移動なんて、こちとら3万3千スタディオンを走りぬいて来たわけで、今更驚きもない。ふうんと聞き流した。
「でも、その人」
トマズはいまいち盛り上がらなかった話を巻き返そうと、声を落とした。
「初めは、そういう栄光の姿なのかなーって思うような、なんていうか、恰幅のいい、じゃない、威厳のある……ほら!」
うまい表現が出てこなくてもどかしそうだ。宗王であり三冠王にさえ、持っていたペンの頭を向けて振って、言葉を次いでくれるように身振りをした。
「年老いた?」
フェリックスも自他共に認める破天荒なので、周りのくだけた態度はさして気にならない。
「そう! 髪が白くて、皺があって、骨ばってて、でもまあ、成人で、そういう栄光の姿の人もいるよね、くらいに思ってたんですって。ところがですよ? 洗礼に立ち会うって相手が、その人の、お兄さんだったらしいんですけど」
「幼子だったんだ! その女の人!」
ミグが合いの手を入れた。
「そう! で、わぁー、これオイだわーって、思うが早いか、オイの妹さんは倒れちゃって、流石に今日は視察は無理だぁ、ってなって、引き返してきたらしいっすよ」
「その、オイの妹の、身元はわかっているのか?」
「あー……」
トマズは、話の顛末に気を取られて、登場人物の細かい名前までは覚えていなかった。ペンを小刻みに手のひらに打ち付ける。
「あ! 確か、医師会に報告して、オイの調査と、妹さんの手当てを依頼したって言ってました」
フェリックスは、イツダテ王宮の身分証を持っていた者の調査は他に任せることにした。農林管理局員と面会し、依頼した医師会を調べ、ウィスター医院に辿り着いたのだった。
つづく






