
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第7章 脱出
第1話 賜物
イツダテの宮廷楽師アミュテュスは、誕生のとき、すでにとても大きな手をしていて、嬰児の小さな肩を抱き、中指どうしが背中で触れ合っていたらしい。
彼女はイツダテの南の離島、パトモス島で生まれた。海の美しい島で、イツダテの王族たち、貴族たちも保養に訪れるような景勝の地であった。
両親はホテルを経営していて、閑散期はポンパドーター修理や発掘された遺物の復元工をしていた。アミュテュスが生後まもなく楽器に触れたのも、親ががらくたのギターやおもちゃのピアノを、娘の遊び道具に与えたからだった。
四歳の頃には島の楽団に混ざって演奏活動を始めた。手はからだに先立って成長し、幼児にして、十代のものほどに大きかった。上達はめざましく、耳に入る音楽は全て習得した。
七歳になると、彼女よりも音楽を理解する者は、もはや島にいないと言われるほどになった。同年代の子供と遊ぶより、本を読むより、音楽に取り憑かれていた。
両親は、小さな島の大いなる天才の将来を案じた。彼らのホテルの女主人にさせることも早々にあきらめた。
そんなとき、島に訪問した当時のイツダテ統治者メイ女王が、アミュテュスに目を留めた。両親は娘を王宮の楽師に加えてもらえるよう女王に願い、すぐに聞き入れられた。
アミュテュスは、才能を支えるだけのこころも成熟していたので、メイ女王から格別に可愛がられた。ほとんど女王の妹か、子供のような扱いで、愛され、不足を感じずに成長した。
* * *
ハタジャの使者がイツダテに来た次の日、アミュテュスの世話になっている屋敷に、訪問者があった。シーダー社の工学技師、マナビだった。
「鍵を持っているか?」
アミュテュスの顔を見るなり、前後の脈略なく尋ねられた。どこの鍵のことだろうか。
「あれだ」
戸口に立ちはだかった体を引いて、外を指した。見ると、二輪ポンパドーターが三台、城門の前に出してあった。一台は昨日見たのと同じような……というか同じ、大型二輪ポンパドーターだった。もう二台のうち、一台は銀色のポンパドーターで、間違いなく、アミュテュスの二輪車だった。シートには生態学者キヅキが尻を乗せている。
アミュテュスは相手のぶしつけさに引けを取らないほど強く、マナビを睨みつけた。技師はわずかに態度を柔らかくした。
「実はちょっと、借りたいんだけど」
──いいわけない。断りもなく車庫から出してくるなんて、どういう神経をしてるんだろう。城の物は全部お前らの物か?
{あれは、お父さんが、パーツを集めて作ってくれたものだから}
「お父さん」の一言で、マナビの気持ちをくじくことには成功したようだが、相手は食い下がり、外に出るように願い、人から離れたところで話し始めた。
「サリーがいなくなった。探しに行きたいんだ」
マナビからは深刻さが伝わってくる。大袈裟ではないか。昨日の今頃サリーに会ったのだ。
{買い物に行ったんじゃなくて?}
相手はそう言われるのは百も承知のようだが、いまいち歯切れが悪い。あきらめる様子もない。アミュテュスは昨日二台見たはずのバイクが一台になっているのが気になった。
{まさか、サリーがあれに乗って、どこかに行っちゃったとか?}
今城内では、乗り物を盗まれたハタジャの使者が困り、あるいは怒り、シーダー社の者たちがあわくってサリーを探そうとしている、という絵が浮かんだ。だから、捜索のために、もう一台のポンパドーターも貸し出されたのだろうか?
技師はしぶしぶ話し出した。
「昨日の深臥〔しんが〕、でかいバイクが一台、街の門を出るのを見た人がいて。乗ってたのは、女だったらしいから」
{深臥? 街から出たの?}
二人は、どちらかというと、諦めのような、しょうもないような気持ちで共鳴した。サリーは、昨日も白昼夢を見たように妄言をしていたのだ。衝動に任せて、盗んだバイクで走り出しても、不思議はない。
──フェリツ……。
昨日、サリーに印象的な手紙が届いたことを思い出した。
──洗礼式。あと十日。どこまでも行ける。大型のポンパドーターなら……。
一連の会話が蘇った。冗談にして笑ったけど、今のサリーだったら。
マナビは、アミュテュスが何かに思い当たった様子を見逃さなかった。
「心当たりあるか?」
シーダー社の奴らはいけ好かないが、今日に限ってはどうにも困っているようなので、さすがに同情心が沸き上がった。そうでなくても、社長が不在で心細いだろうし。
{ありえないとは思うんだけど。ひとつあるとしたらだけど}
アミュテュスは、彼女のポンパドーターに触らせないことを条件に、サリーの手がかりを教えることにした。そしてあの不幸な老人が、はたして国境を跨いだのか、一緒に行って確かめるのもいいと思った。久しぶりに愛車を見たら、ちょっと遠くまで走り出したくなったのだ。
つづく






