千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第6章 ヨシャパテ条約
『フェリツ開拓全史 第四巻』 フェリックス著
二回目にフェリツ王のくじに当たったとき、特に驚きはなかった。我こそはと思ったのではない。取り消されると思った。さすがに一人二回は玉座に就くことはない、やり直しを誰かが申し立てるだろうと。
王位、つまり最高統治権は一期五十年。千年王国紀三十九年に創立したフェリツは、二十回代替わりをすることになっている。王族は一国二十四人。すでに定員オーバーだ。一回たりとも無駄にできない機会だ。一人二回選出されるなど周りが黙ってないだろう。まあ、私はツユリが二冠になったなら、無条件で歓迎するが。
二十三人の同志たちは、【主】の栄光ここに極まれりとばかりに、二回も玉座に持ち上げられた、くじ運だけは強い、哀れな男を祝福した。勢いのまま、人選はさっさと公表されてしまい、民は湧き立ち、気がついたら私はフェリックス二冠とあだ名される第九期フェリツ国王になっていた。
第一期は何が何だかわからないうちに過ぎていった。私のような半端者が初代王を名乗るなど笑止千万だ、伝統ある方法だからって、くじ引きなんかで王を決めようとした裁きが下ったのだと散々ごねたのに、しまいには国名にも王都名にも「フェリ」を付けてご機嫌を取ろうとするしまつだ。
奴らに任せておくと、町名には必ず「フェリ」を冠せよと法律ができる勢いだったので、泣く泣く引き受けた。引き受けた次の瞬間から、玉座という名の石臼に放り込まれ、ゆっくりとすりつぶされるかのような苦しみの日々が始まった。
一挙手一投足がギシギシとぎこちなく、何も成し遂げられた気がしなかった。いやむしろすでにあった墓穴を掘り広げたような気しかしなかった。私があらん限りに王という権威の敷居を下げておいたので、二期王からは若干でも荷が軽くなったのではないだろうか。感謝されたいくらいだ。
かろうじてやったと言えることは、続いてぽこぽこと生まれ出る弟妹国を祝福し、立ち上がり時に必要があれば手を貸す、くらいであった。手前どもの国家運営がおぼつかないうちなので、子供のお誕生会と大して変わらないのであるが。
今の今まで恥を背負って王宮の隅にかりそめの居場所を持ち、誰も我を顧みてくれるなと、息をひそめて過ごしていた。
これに相応しい言葉があるとすれば、余生だ。王なんて一回経験すれば十分だ。同年代のはずの他の王、女王たちがひと回りもふた回りも若々しく、未来への期待に溢れて眩しい。王族の中にあって、もはや頭数を満たすだけの存在と決めこんでいた。なにも彼らを見くびってのことではない。二十三人の王、女王達のめざましい働きは拙著の既刊三巻に、とてもまとめきれないものを、私の拙い筆を通してまとめたとおり、筆舌に尽くしても尽くし難い。
一方で、見方を変えられるとするならば、私は飽きていた。千年王国が始まって五世紀に突入し、文明は停滞、もとい安定していた。人類にとっても大地にとっても負担ない速さで発展していき、満ち足りれば歩を休める。千年王国の性(さが)だと思っていた。よく言えばのどかで平和的。誤解を恐れずに言えば、退屈だった。
停滞の理由は、先にも触れたとおり、生活の必要がおおかた満たされたことが挙げられる。【主】の約束通り、毎年労働以上の収穫があり、農耕をはじめとした労苦はごく軽いものとなった。
7つの太陽がいまや私たちの生活の中心となっていた。四百年のうちに、その光を室内に取り入れるための光ダクトが考案され、集熱器が普及してからは給湯や煮炊きの熱源だって太陽熱で賄える。なんなら冷却器を動かすためのエネルギーになる。
太陽エネルギーは悪天候にはめっぽう弱いが、曇りの日も雨の日も、この王国にあってはそう長々続くものではない。それにしたって十分な光エネルギーが常にあり、当座をしのぐ蓄熱技術はすぐに開発されたし、不便を休養の時として楽しんでやり過ごす余裕すら、人々にはあった。
惨憺期前の技術も時を追って復元され始めていた。しかし多くのテクノロジーは、用途的にも、文化面にも、一陽一夜の世界を前提として作られたのだろう。夜のない、光だけが有り余るほどにあるという世界への最適化が必要で、単に技術が復刻すればいいわけではないのだ。
例えば、発電所の類は、前人類の営みの欠くべからざる基本だったろうが、現在は、我らの上の有り余る光、いわば天然の高エネルギー体を、どう採取し、利用するかが鍵となる。発電、蓄電、送電よりまずは操光。光をどう操り、どうつきあうかが、私たちの最大の関心事になったのだ。
つづく






