
千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第18章 活海
第1話 復元
フェリツ王族のフェリックスには、長年の夢があった。
頭部を柳籠か布袋かで覆い、首から下は素裸で生活するというものだ。露出衝動ではない。実験だ。
日光は人の健康に影響のあることはわかっている。果たしてそれは顔面に受ける影響によるものか、あるいはからだが日光にさらされているだけでも効力があるのだろうか。
顔は常に裸である。からだには基本的に常に被服がある。では逆の状態を作り出したら、果たして、健康にはどのような影響があるのだろうか。
検証を試みるにも、現在の、王という地位が有利なようで、妨害となる。裸の王様なのか、仮面の王様なのか、どちらのタイトルがつくかはわからないが、臣民はおろか、宮殿の兄弟姉妹からさえ、理解を得るのは容易ではないだろう。まして、栄化体とは常人とそもそもからだの作りが違うのだ。王という地位を憂いた。「栄えの体」という特権さえも……この時ばかりは。
一般人であったところで、頭部だけを覆って、からだを晒して生活すれば、文明社会から猛烈な批判を受け、冷笑を浴び、恥を知れと罵られもするだろう。王は原罪を憂いた。太祖アダムの失敗さえなかったら、人は裸でいることを恥と思わず、当該の実験において何の障壁もなかったであろう。
フェリックスが、平素胸の奥底に沈ませた、思考の慰み物の一つを思い出したのは、まさに今、目は暗んでいるのに、からだは眩しいと感じているからだった。
音は聞こえないのに皮膚が賑やかに震えている。口は閉じているのに、太陽の味がする。息をしていないのに、内臓が膨らんだり萎んだりを繰り返す。
──柳籠を被るとして、視覚はどこまで限定すればよいだろうか。
フェリックスは、眠っている間も考え続けるような男だった。熟睡に届くことなど、一日のうちで二時間もあるだろうか。無感覚の中から感覚が溢れ出すのを感じながら、復元は近いと知った。アドバンテージを稼ぐために、これから復元の自分が上がることになるヰェナダー東部の「活海」から、どのように菌魂転送でフェリツまで帰ろうかを考え始めた。
復元が完了してからぼちぼち様子を伺うのでは一手遅い。活海の漁師たちが、半ば親切心で、復元体を魚と一緒に水揚げしようとするからだ。
──まず考えねばならないのは、柳籠を被ったことによる身体的ストレスをどこまで許容するかだ。
これから活海でからだが形作られたのち、いかに漁師、祭司、議員、海水浴客の目を掻い潜り、浜辺のマングローブに紛れ込み、転送術を開始するかが勝負どころだ。
──もしくは、服を着ることのストレスと、柳籠を被ることによるストレスがどの程度イコールなのか、数値化を試みなくては。
第一の難関は漁師の網だ。これにかかっては元も子もない。
──柳籠を被ることにかけては、演習林の研究員たちをおいて右に出るものはないであろう。
漁師の網で生臭い魚と陸に上げられたところを、ヰェナダーの祭司が復元体が紛れ込んでないか、待ち構えてるって流れだ。奴らに見つかれば、6割がた謹慎処分だ。
──は! 確か最近知り合ったあの少年、オルククとかミモスとかヤオとかいったあの者、演習林の出だと言っていたな。彼をまるめこんで、森の奴らをごっそり被験者にしてしまえないだろうか。
いや、祭司はまだ泣き落としが通じる。厄介なのは、議員だ。私が弱みを晒すのを常に狙っていやがる。冗談も通じない。こいつらの手にかかっては九分九厘アウトだ。
──演習林は陸の孤島のような環境だ。森のなかで覆面した裸族がうろついていたところで、周りの町のやつらもそんなものだろうと思って、生暖かく見守ってくれるに違いない……。
フェリックスは眼の組織がやっと寒天のようにやわらかく結合を始めたうちから、光で方向を読み、水を掻きはじめた。からだの軸が定まらない。骨の髄まで海水が染みているようで、痛いというよりも熱くて痒い。あまり水面に行っては漁師に影が見つかってしまう。幸い、まだ呼吸をしなくても魚のように水に親しんでいる。
ヰェナダー光が差し込む海の天辺は、金の根が張ったように光が差し込んでゆらめいている。光を背に受けて、魚群が海中にもう一段水面を作るようにうようよ踊り泳いでいる。海底は、雪と紅葉と若葉と、花と果実の季節が一度に来たように様々ないのちがひしめき合っている。フェリックスは微笑んだ。顔に微笑みの筋肉が戻ったと知り、もっと笑った。
──微笑みはどこから来るのだろう。なぜ私たちは、微笑みが平和だと、お互いにわかっているのだろう。私たちに向けて、最初に微笑んだお方があるからではないのか。
海底と海面とが徐々に狭まってきた。海藻が草原のようにびっしりと生える向こうに、ざくざくと木の根が突き刺さっているマングローブの林を見つけた。王は骨の一部を置いてきてしまったので、魚のようにしなり、足を鞭のように振り出して進んだ。
──行け、フェリックス。
つづく






