千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第10章 フェリシティ
第4話 友好
ウィスターは、戸口に立ってヤオを見た。白衣を脱いで、手を消毒した。研究室の冷却機を強め、部屋を移って扉を閉めた。青年の服はだいぶ乾き、疲れていた表情もしっかりしてきている。
医師は青年の近くにある、長椅子の肘掛けに腰掛けた。片手を差し出した。手の中で、小さなインゴットのついたネックレスが光る。
「妹さんのよ」
ウィスターはネックレスをヤオに渡した。
「結論から言うと、それはない」
ちぐはぐに、さっき聞かれたことを返した。
青年の目は怯えていた。医者という身分への信用と、無知による不安とが一緒くたになっているのだ。ウィスターは何事にも例外はあると承知の上でまっすぐ見返した。
「子供でも、大丈夫ですか」
青年はなお言った。
「子供がいるの? あなた」
ウィスターはさっと立ち上がり、熱源の上にかけていたやかんで、自分の茶と、ヤオのおかわりを淹れはじめた。背を向けたのは、思わず顔がほころんだからだった。純朴を絵に描いたような青年にも、世話を焼く子供がいることが微笑ましかったのだが、侮っているという意味で、伝わりはしないかと気を遣ったのだった。
「いえ、サリーが倒れた時、村の子供がそばにいたので」
「子供にも、何の影響もない」
青年の弱気を跳ね飛ばすように、心持ち声を大きくしたところで、言い添えておくべきことを思い出し、振り向く。
「ただ」
医者の打ち消しに、ヤオの顔が即座に暗くなる。ちょっと手加減をしなければならない。
「ただね、妹さんの様子を見た子供が、来る日も来る日も、オイの姿が頭から離れなくて、怖くて、自分もオイて死ぬ、オイて死ぬーっていう思いから、逃れられなくなったとしたら、あるいは、オイがくるかもね。でもそれは、またその子自身の問題であるとも言えるわ。オイって、そういう、変な呪いなの」
青年はまるで我が子がインフルエンザにかかったかのように、食い入るように尋ねる。
「そうなった時は、どうしたらいいんですか。子供が、すごく怖がったら」
ウィスターは、茶のマグカップを、一つはヤオに渡し、一つには口をつけようとしたが、まだかなり熱かった。
「『大丈夫』って言って」
茶に息を吹きかけた。
「抱きしめてあげるといいわ」
青年が見るからに当惑し、医者がそんなこと言うか? と言いたげなので、ウィスターは今度こそ彼の目の前で微笑んだ。
* * *
医者はからかっているようには見えなかった。そんなことでいいならば、もうとっくに、マロニエやハンが、してあげているだろう。ヤオは、森の人たちに対して心配していたことが、ほとんど綺麗になった。医師は落ち着いた声で続ける。
「昔、ずぅっと昔は、人はあたりまえのように老いる、という時代が、何千年もあったの。誰もが、他の病気にかからなかったとしても、老いて、死んでいった。そうなると、老いには、感染力があって、生きてる時間のどこかで伝染るのか、人が遺伝的に、老いの種を植えつけられて生まれてくるのか、わかりっこないよね。なんせ、みんな、老いて死ぬっていうのが、基本だったんだもの」
「大丈夫」と言った舌の根も乾かないうちに、ウィスターはそんな曖昧なことを言った。ある意味で、この女性が、ついさっき知り合った相手が気に入って、こころを開き始めたということなのだった。






