千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第10章 フェリシティ
第3話 機敏
雲間から陽光が差し、街道は再び動き出した。
ウィスターはすぐに、医者の威厳と、持ち前の社交性を発揮して、周りの人々に声をかけまくり、保冷庫と自転車と、自分と青年とを運んでくれる小ぶりなポンパドータートラックを呼んでもらった。また、農家の人々に頼んで、馬を村まで返すように手配をした。
ウィスターはフェリシティの旧市街に、医院兼自宅を持っていた。旧市街は建国当初の建築様式を残し、緩く弧を描く低層の長屋がいくつも並び、全体でCの字を描くように配置されていて、Cの開いた部分は、西方向を向いている。通りはトラックがやっと通れるくらいには幅があった。街路樹や建物が作る日陰で、道行く人は目的地まで強い陽光を避けられるように設計されていた。
フェリシティは、Cの字型の集合住宅からはじまり、まわりにどんどん拡張されていったのだ。だから、趣のある旧市街を一歩出れば、いきなり都心部の目抜き通りが開ける。
旧市街の住人は、新市街のオフィスに勤める一家、学生のルームシェア、ウィスターのような気ままな職業家、芸術家、ご近所事情に詳しい者、もはやいつからいるのかわからない、長屋と一体化したような長寿の者まで、さまざまだった。
ウィスター宅は、旧市街の入り組んだ路地をさらに入り込んだところにあった。クリニックであればもっと人が見つけやすいところにあるべきだが、研究医には関係なかった。知り合いを診ることはあったが、診察よりは、若い医師たちが持ち込む症例への助言や、研究を行うことを専門としていた。
研究の一環で、まれに出る死体の死因検証を扱うこともしていた。家に死体を持ち込むために、なおさら、あまり目立たない、路地裏に住むことが都合がいいのだった。
* * *
医院に到着した頃には、旧い太陽は沈んで、路地は一段と薄暗くなっていた。ウィスターは遺体を裏口から運び込んだ。自宅の裏口だったが、クリニックとしては入り口だった。医師は空になった大きい保冷庫を、そのまま持ち主に返すようにと、臆面もなくトラックの運転手に言いつけた。
「さすがに、それは」
運転手も迷惑だろう、とヤオはくたびれた頭で、残りわずかな礼儀を絞り出した。
しかし医師は、「そうすれば、村の人たちだって、あなたが今どこにいるかがわかるでしょ?」と全く悪びれないで、運転手に名刺を二枚差し出すのだった。村の人に渡しておいてね、と。何かあったらあなたを優先で診ますよ、と言う意味で。
遺体を運ぶという、滅多にない厳かな仕事に巻き込まれた運転手は、もう、乗りかかった舟だと、後片付けまで請け負うことを、やけくそで引き受けた。
ヤオは人生でマロニエ以上に厚かましい、いや社交性に富んだ女性がいることと、思い切ったことを口にしてみれば、案外みんな手伝ってくれるという事実に驚愕した。さっきまで荷物の大きさに自暴自棄になっていたが、自分がたんに水くさいだけな気がしてきた。
ヤオは執務室に通され、サリーは研究室の真ん中に据えられた、細長い金属の寝台に横たえられた。ウィスターは着ていた雨具と、ヤオの濡れた外套を執務室の空調の前に干し、濡れとんぼになったヤオも、熱源の近くに一人掛けのソファを引いてきて座らせた。
ヤオのいる隣の部屋で、医師は検死を進めた。部屋を繋ぐドアは半分開いていたが、彼の座る位置からは、サリーは見えなかった。白衣を着たウィスターが、中央の寝台の周りをうろうろ動き回った。
「確かにオイね。オイで間違いないわ」
「オイ」は、百歳に至らずに死ぬ「幼子たち」にとっての、代表的な死亡例だそうだ。死がそもそも珍しい千年王国時代にあっては、医師も文献を開きながら検証をしている。離れていることを考慮してか、癖なのか、声は大きめで堂々としており、張りがあった。オルククの喋り方と似ていたので、ヤオは、医者とはこういうものなのかしらと思った。
「オイは、伝染るんですか?」
ヤオは、ウィスターが出してくれた熱いハーブティーと、甘いペストリーで気持ちが落ち着いてくると、一番知りたかったことをまず尋ねた。






