千年王国ファンタジー|幻想聖典 エスキャトロギヤ 第7章 脱出
あまり進まないうちに、長距離向きでないアミュテュスのポンパドーターが不調をきたした。光動力機関によくあることで、長時間の運転で、エンジンが加熱しすぎたのだった。
三人はポンパドーターの調整スタンドに寄った。修理は一時間程度かかるとのことだった。マナビとエイヤーは帰り着くまでに考える時間が欲しかったので、きっかけができてむしろほっとした。売店でコーヒーを買い、外のベンチに座った。
マナビはアミュテュスに買ったコーヒーを差し出した。楽師は鞄からガラスの小さな爪やすりを出し、爪を整えていた。
「アミュテュス。やっぱり、俺と二人で、国境を超えて、サリーを追いかけないか。あの管理官なら、もうちょっと粘れば、通してくれそうな気がする」
エイヤーには、城に戻って、これまでのことを報告するようにと、打ち合わせを始めた。
アミュテュスは爪やすりを仕舞い、ギターを構え直すためにコーヒーを脇に置いた。実のところ、紙コップに入ったコーヒーなど、口をつけたくもなかった。
{なぜ? お兄さんに会いに行ったのなら、帰ってくるのを待てばいいじゃない。休暇と思って}
アミュテュスはサリーの挙動不審は、休めばそのうち治るものと期待した。
「いや、盗難車だぞ。買うと、いくらするかもわからないやつだ」
マナビは大袈裟に声を大きくした。隣でエイヤーがビクついて、危うくコーヒをこぼしそうになった。
{あなたたちにだって貸してくれたんだから。ハタジャの人たちにも事情を話してみたら? 感動的じゃない。家族の洗礼式に、どうしても行きたかったなんて。盗んででも、帰りたかったのよ}
「サリーの家族の話なんて、俺たちは今日初めて聞いたぞ。今更関わって、何がしたいんだ」
{だって、家族のことだもの}
「こっちだって、大事な工事中なんだ。彼女のホームシックのために進捗が遅れたら。君だって、城に戻るのが先になるんだ」
{事情が事情だもの。がまんするわ。イツダテの王様たちだって、きっと、仕方がないって、言ってくださるでしょう}
「そういうことじゃない。あのポンパドーターは。サリーが任されているのは」
マナビは、手に持った紙コップを揺らし、底に沈んだコーヒーかすが浮き上がるのを見た。サリーは元護教団にいて、フェリツ人でもあったということが、不安を煽る。
「もし、もしだ。フェリツでサリーが捕まって、フェリツの奴らがうちにしゃしゃり出てきたら」
{ポンパドーターが盗まれたことを、黙っていればいいじゃない。バイクが一台盗まれたくらい。サリーが轢き逃げしたわけじゃないんだし}
──ああそうだ。なんなら、あのハタジャの連中は、サリーが跳ね飛ばしたことにすれば良かったな。
「あの国のやつらは、火のないところに煙は出ないとか言って、首を突っ込んで来るんだ。城の工事についても、いちゃもんつけてくるにちがいない」
{いいじゃない。どうせだったら。ハタジャみたいに、視察に呼んで差し上げたら?}
「願い下げだ」
マナビは勢いづいて、工事はおろか、城の主導権は自分たちが握っているような言い方をしてしまった。エイヤーを見る。マナビとアミュテュスの口論が熱を帯びてきたのに怯え、体を小刻みにゆすっている。
──サリーは国を出た。戻ってくるのだろうか。最近のサリーはかなり不安定だった。戻らなければどうなる。田舎の家族と、川で洗濯をしたり、山で芝刈りをしたり、末長く幸せに暮らすっていうのか。もし、万が一、フェリツの国境で盗難車を見咎められたら? フェリツにとって、俺たちは今どれくらいマークされているのだろう……シーダー社とイツダテの関係をどれくらい知っている?
いや、それより悪いのは、護教団員だったサリーが今更悔い改めて、フェリツの、フェリックス王にでも懺悔しないか、ということだ。サリーは、もとよりそのつもりで俺たちの部署に近づいたのだろうか……離反者が出ることは、初めから想定しておくべきだったか。会社の代表が死んで、その妻が半狂乱になることまでを……。
ハタジャの使者たちだって、おそらくフェリツあたりからの要請に応じて、様子を見に来たに違いない。イツダテにフェリツからの伝書が届いた動きと連動していたからな……今は、こちらから目立って動き出さずに、次の一手を考えるに越したことはないんだ……せめてサリーを、フェリツの国境を跨ぐ前に捕まえられたら。女で、老いてもいる。アミュテュスは、最近サリーの話し相手になっていた。説得に使えるかもしれない。爆速で追いかけるとして、女の体力がもつかはわからんが。
少なくとも、今、国境さえ出られれば、追いつけるチャンスはある。かくなる上は、この手で、あの老人を始末したっていいんだ。どうしたって、アミュテュスの持つ「強い」権限が必要だ。賭けてみよう。お姫様にしばらく味方してもらえるように。こいつのほうが、あの老婆よりも、イツダテ人なのだから──。
第4話 策弄 おわり






